だれかが松葉杖で扉をたたく

結構、嘘つきである。

ハゲの風上にも置けない、至学館大の栄監督。

あのですね。

いさぎよいのが、ハゲなんです。特にスキンヘッドなら、いさぎよいのに決まってるんです。ぐずぐずねちょねちょしているのは、それは中途半端なバーコードハゲであり、ハゲの中でもグレードが低い。

ああ、それなのに。

至学館大レスリング部監督の栄氏は、誰がなんと言おうとハゲである。中途半端なハゲの私からすれば、実に羨ましいスキンヘッドである。

汗でべっとりと頭皮にくっつく髪の毛に悩む必要もなく、海原はるか師匠のように風が吹くごとに気にする必要もない。正々堂々、胸を張っていいハゲである。

栄市は、伊調馨選手にパワハラをしたと認定され、その取材会見を行った。それをニュースで見ていて、私は「なんですとお」と思わず声を上げたのだ。

「コミュニケーション不足だった。田南部コーチには他の選手にも時間を費やしてほしかった。そういう行き違いがあった」

ハゲならハゲで、なぜ、「すべて私の不徳の致すところです。申し訳ありませんでした」と全面的に謝罪できないのか。コミュニケーションのせいにし、コーチへの恨み言をいい、それでもハゲなのか。貴様には、スキンヘッドの資格はない! 沖縄の翁長知事のようにカツラを被って恥をかけっ、と言いたい。

謝罪する場合は、100%謝る。決して言い訳はしない。それが謝罪会見の鉄則ではないか。グズグズウジウジネチョネチョと、言葉をつなぐ情けなさ。

私は、栄氏を決してハゲとは認めないのであります。

 

 

 

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一番の文明の利器は何なのか?

三大発明というと、羅針盤・火薬・活版印刷術なのだが、今を生きる私からすると羅針盤は使ったことないし、火薬との接点もせいぜい花火程度だし、活版印刷は昔お世話になったが、今はもうデジタル製版に取って代わられた。

今、私が「ああ、あって良かった」とつくづく思うのは、なによりも自転車である。パソコンやネットも同等以上に便利だと思うのだが、あれはブラックボックスだ。いわば魔法である。仕組みがわからなければありがたみも薄れるのだ。

ウォシュレットもありがたい存在なのだが、まあ、なければトイレットペーパーを使えばいいわけで、自転車と比べると一段落ちる。

足でこぐだけで、歩いたり走ったりするよりもはるかにラクに速く移動できるというのは、これこそが文明の利器と言わずに何と言う。いつも感謝しながら乗っているのである。

考えてみれば、テレビに呆けている現代人よりも優秀だった江戸の人が、なぜ自転車を発明できなかったのか不思議で仕方がない。

確か、江戸時代には、船に3つの車輪をつけて陸を移動できるようにした乗り物が作られたと聞いたことがあるが、これは明らかに自転車ではない。

自転車は、二輪だから自転車である。自転車のコペルニクス的転回は、「二輪でもこけない」という点にある。普通に考えたら、「アホちゃうか。二輪やったらこけるに決まってるやんけ。三輪やないと無理無理」となるところを、二輪で完成させたところにある。

私だったら「やじろべえの原理を応用すれば、あるいは…」などと足りない脳みそを使い、自転車の左右に長い棒と重りを付けたりするのではないか。

江戸時代に「二輪ではこけるに決まっている」という常識を乗り越えることができなかったのは、仕方がないことだったのだろう。

ちなみに自転車が発明されたのは、1818年のことで、ペダルは付いておらず、地面を蹴って走っていた。日本では、文化5年のことで、間宮林蔵樺太を探検していた頃だ。

自転車を発明したのはドライジーネという飲み物みたいな名前の人なのだが、タイプライターの発明者としても知られている。ラクして移動したい。ラクして筆記したいという思いが人一倍強かったのだろう。

無類の怠け者だったに違いない。

 

 

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