だれかが松葉杖で扉をたたく

結構、嘘つきである。

ブックオフに恨みの声を

f:id:b9q:20170508091230j:plain

たまに、ブックオフに来てもらって本を処分する。一度に500冊くらいだ。

だが、あまりに買取価格が安い。「全部で2300円です。で、こちらの本は買取不可です」などと若い兄ちゃんに言われ、まるで自分が買取不可の烙印を押されたような気がする。

しかも、あとでブックオフで自分が売った本を見つけ、340円の値札が付いていたりすると、「高いっ。せいぜい買取価格は10円程度だろう。だったら40円で売らんかいっ」と非常に腹立たしい。

ブックオフに売るたびに不満が大きくなっていき、「これなら捨てた方が気分的にスッキリするな」とゴミに出しはじめたことがある。ところが、回収車が来る前にその本がなくなる。誰かが持って帰っているのだ。

本好きが持って帰るなら、それはそれでいい。本も本望だろう。だが、聞くところによると、古本屋に売るために持って帰っているのだそうだ。空き缶を回収している連中と同じである。

私は、それを知って「まあ、ええがな」と笑っていられるほどケツの穴が大きな男ではない。むしろケツの穴は、非常に小さいと言っても過言ではない。くそっと腹を立て、ゴミをあさるような連中に持って行かれるくらいなら、まだブックオフの方がマシだと、再びブックオフを利用するようになった。

そもそも無類の本好きではあるが、古本屋は嫌いである。

誰が触り、どんな環境に置かれたかわからない本を手に取ることに抵抗がある。ホコリっぽい感じがするし、イヤな臭いがする。古本屋に入ったあとは、風呂に入りたくなる。

そんな私がなぜブックオフに行くようになったかというと、それは、古本屋に特有の、あのカビ臭い過去の時間が蓄積されたような空気が、ブックオフにはないからだ。無愛想かつ商売っ気ゼロのオヤジの代わりに、ブックオフには「いらっしゃいませ」が満ちあふれている。照明はあくまで明るく、脳天気でこころざしの低いJ-POPが流れ、値段の付け方は画一的。ブックオフは、古本屋と似て非なる存在だったのだ。

そして何より、ブックオフには100円コーナーある。

コニー・ウィルスの「犬は勘定に入れません」もスティーヴ・ハミルトンの「解錠師」も堀江敏幸の「燃焼のための習作」も、100円(税別)だった。たった100円でこうした本が買えるのは、ある意味異常である。そして、その分、手に入れる者にとっては歓喜である。

だが、その裏には、それらの本を5円や10円で買い取られた客の姿が確かにあるのだ。どれだけ腹立たしく、無念であったことか。

私には、そんなブックオフ利用者の声が聞こえる。100円コーナーの前に立つ時、彼らの恨み辛みの声で耳が痛いほどだ。ブックオフの100円コーナーは、本好きたちの怨嗟のコーナーでもある。