だれかが松葉杖で扉をたたく

結構、嘘つきである。

朝日新聞が社旗を変える日

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私は、朝日新聞購読者である。朝日新聞はねつ造を是とする新聞社であり、昨今、非常に肩身が狭い。

人から「新聞、どことってるの」と聞かれれば、「いやあ、ネットのニュースで十分で」とごまかし、ゴミに出す場合は一番上に駅で買った産経新聞を載せてカムフラージュする。なぜ、こんな苦労をしなければならないのかと腹立たしい。

私は決してリベラルではない。むしろ筋金入りの右翼である。正月元日の朝、雑煮をいただく箸を手にしてから、その年の大晦日の夜にいたるまで、毎日毎夜のごとく、心に死を覚悟するのを第一の心がけとしている男だ。心の中にはいつも日の丸がひるがえっているのである。

だから、朝夕の新聞を読む時間は苦行である。天声人語に腹を立て、社説に絶叫し、読者の声欄で気が狂う。今朝の読者の声欄にも、韓国人の証言を信じ込んだ「軍艦島で強制労働させたことを謝れ」という婆さんの投書が載っており、約20分ほど気が狂った。

そう言えば、新しく韓国の大統領になったムン・ジェインという人は、盧武鉉政権下で「徴用被害者の補償問題」に熱心に取り組んだ人だという。今後、軍艦島を含め慰安婦に次ぐタカリのコンテンツとして徴用被害者を活用すると思われるが、今朝の読者の投書は、その前哨戦だろう。つくづく恐ろしい新聞社である。

だが、皆さん。そんな朝日新聞が、なぜか社旗は旭日旗なのだ。韓国人が嫌う戦犯旗である。

もちろん戦犯旗や戦犯国という言葉は、監獄人だけの造語であり、トンチンカンな主張であるということは言うまでもないのだが、それでも、反日新聞であるはずの朝日新聞の社旗が旭日旗であることは、非常に面白い。これほどの矛盾は、滅多にない。

元々、あの意匠は、明治時代、朝日新聞社の社員が使っていた提灯についていた図柄なんだそうだ。それを明治22年に社章として使い出した。

朝日新聞社の社員の中には、「意味が違うし意匠的にも異なるし、だから戦旗ではない」と語る人もいるのだが、旗やエンブレムは象徴である。それを見た人の印象が判断の基準となる。

佐野研二郎氏の東京五輪のエンブレム盗作騒動だって、当初、選考委員や佐野研二郎本人は「意味が違う」と言い訳したのだが、結局通用しなかった。意味や歴史などの後付けの要素やちょっとした意匠の違いは関係ないのだ。

朝日新聞社内でも「韓国の人たちが不快感を示す社旗のデザインは見直すべきだ」と語る人もいるという。人間的にはその発想は危険であり浅はかだと思うのだが、韓国人的には正常な発想なのだろう。「人の嫌がることを言えば、それはヘイトであり差別である」という朝日新聞的常識からすると、社旗のデザインを変えるという発想は正しい。

朝日新聞の社旗は、韓国に対するヘイトである。韓国の人たちが嫌がることはやめよう。社旗を変えて、心置きなく慰安婦問題を追及し、軍艦島の強制労働の悲惨さを暴き、そしてアベ政治をやっつけよう。

私には、そんな社員たちの声がはっきりと聞こえる。耳が痛いほどに聞こえる。朝日新聞の社旗が変更される日は、間近だ。