だれかが松葉杖で扉をたたく

結構、嘘つきである。

辻元清美の天皇陛下万歳

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辻元清美という人は、うさん臭い人だ。いや、もっとはっきりとうんこ臭いと言っても過言ではない。

天皇家に対して、「ああいう一族がいる近くで空気を吸いたくない」だの「天皇の一族の気持ち悪さ」などと著書に書いていて、それを衆院憲法審査会で突っ込まれると、「約30年前の学生時代の発言だった」「考えが一面的だったと痛感し、深く反省した」と謝罪している。

だが、衆院議員になったあとも、「憲法第一条から第八条までの天皇に関する規定を削除すべきた」「天皇制について、私は個人的に反対。やっぱり抵抗がある」と著書に書いているわけで、ではあの謝罪はなんなのだ、と言うことになる。

要するに表現は変わっても、骨子は変わらないのだ。

だったら、「天皇制反対」と言い続けろよと思う。言論は自由であり、反対するのは違法ではない。もちろん「同じ空気を吸いたくない」などの呪詛的な言葉は行き過ぎであり、そもそもこの手の言葉は自分を貶めるだけだ。使わないほうがいい。

一本筋を通すことの難しさは理解できるし、「天皇の一族の気持ち悪さ」などと書いたという過去は立場的にまずいこともわかるのだが、それでも政治家の端くれならば、あくまで「天皇制反対」の主張は繰り返すべきである。

私は、韓国や中国に与し、日本を貶めようとする人であっても、基本的には認める。だが、主張を変える人間は認めない。「考えが一面的だったと痛感し、深く反省した」だけでは駄目なのだ。「だが、天皇制は反対である」まで言わないといけない。

それをやらないから、うんこ臭いと言われてしまうのだ。

もし、深く反省したというのが本当なら、じゃあ、「天皇陛下万歳」と国会で叫べと言いたい。発言する際に、いつも「天皇陛下万歳」を枕詞として使えと言いたい。発言の最後は、「天皇陛下万歳」で締めろと言いたい。

そこまでやって初めて、私は、辻元清美の深い反省を認めるものである。

ちなみに民進党の党首である蓮舫さんも、「委員会で(安倍総理)と同じ空気を吸うのがつらい」と発言していた。非寛容で多様性を認めないリベラルな人たちは、この手の発言が好きなのだろう。

相手を全否定したくて仕方がないのだ、この人たちは。

 

 

 

 

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