だれかが松葉杖で扉をたたく

結構、嘘つきである。

そんな美談よりも、乳がんの治療をあきらめたシングルマザーの話

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美談は苦手である。美談に遭遇すると、悪寒に襲われる。美談アレルギーといったところか。

美談の中心にいる人たちは、おそらく人一倍自己愛が強いのだろう。私は、何が嫌いと言って自分ほど嫌いなものはない。常に自分という敵と戦い続けている男である。美談の主人公にだけはなりたくないものだ。

さて、最近、私の苦手な美談が流行っている。

乳がんで亡くなった妻と、その夫の美談である。女性の方は存じ上げないのだが、どちらも有名人であり、ニュースとしては値打ちがあるのだろう。テレビを付ければ、いつも彼らの顔が映し出されていた。

私から見ると、そのニュースの目指す地点は一つだけだ。つまるところは商売である。

商売なら商売で「儲けまっせ」とあからさまに言ってくれればいいのだが、さすがに大人の社会だからそうもいかない。皆、沈痛な表情で、時折涙を見せたりする。ひねくれ者の私の悪寒は、ますますひどくなるのである。

乳がんの女性というと、私にとっては以前テレビで見たシングルマザーの方が印象深い。

ガンの治療薬というのは随分高いらしく、一日数千円かかる。そのシングルマザーは、仕事はしているものの賃金は安く、生活は苦しい。

で、結局どうしたかというと、治療をするのをやめたのである。

何が「命は地球よりも重い」だ。軽いではないか。いじめによる自殺があるたびに学校長は「命の重さは」と言うのだが、現実を語らんかいと思う。命は、軽いのである。はっきり言うと、貧乏人の命は軽いのだ。そこから目を背けてはいけない。

シングルマザーのその後は知らない。がんの治療をあきらめた以上、彼女がまだ生きている可能性は少ないのではないか。

まあ、私が見たドキュメンタリーが「やらせ」である可能性もある。最近は、ニュース系の番組もほぼバラエティだと考えたほうがいい。志を持つテレビ関係者など、1%もいないだろう。

「ご協力ありがとうございました。いいドラマになりますよ。これなら、視聴率、バッチリです。これ、謝礼です」

「うわっ、こんなにもらえるの!? 乳がん、実際は初期の段階で治っちゃいましたけど、再発したら、またお願いしますね」

などとニコニコ顔でシングルマザーがお金を受け取っていたら、それはそれで面白いのだが。そうだったらいいんだがなぁ、ともう顔も忘れてしまったシングルマザーのことを思い出しながら、そう夢想している。