だれかが松葉杖で扉をたたく

結構、嘘つきである。

美女のウンコと婆さんのウンコ。さあ、どちらを選ぶ?

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昨日の記事で、美女のウンコと婆さんのウンコの違いを書いた。

実際には、違いはない。美人のウンコは美しく、婆さんのウンコは醜い。そんな訳はないのである。二者のウンコに、違いはまったくないのだ。

だが、違いはないが、どちらかを食わないと殺されるという状況になれば、やはり美女のウンコを選ぶのではないか。主観が入ると、実質的には同じでも違いが出るということである。

例えば、私は外のトイレを使うのが苦手だ。

特に洋式便器に腰掛けるのは苦手だ。ベンチなら問題ないが、洋式便器は他人の尻が直接触れている。コップを共用すれば間接キスになるというのなら、洋式便器を共用すれば何になるのか。どこかのオッサンと、間接尻合わせである。おぞましい限りだ。

だが、と私はいつも強迫神経症的な自分を笑う。

自分の尻と、他人の尻。自分の尻のほうが美しいとでも言うのか? 同じ尻である。私は毎日風呂に入ってゴシゴシ尻を洗っているが、まあ、おそらく他の人も同じだろう。多少の違いはあっても、私の尻が特別にキレイだということはないはずだ。

したがって外のトイレを苦手に思うのは、論理的ではない。

いつも自分にそう言い聞かせるのだが、実際に使おうとすると、どこかのオッサンの尻が頭に浮かび、その尻と自分の尻をすり合わせている映像が頭に浮かぶのである。

結局、外のトイレを使うのをあきらめ、なんとか家までもつだろうと期待しつつ帰途につくのだが、たいていはあと数分のところで脱糞することとなる。

しかし、便意というのは意外性に富んでいる。

あと数分はもつはずが、なぜかもうすぐトイレにたどり着けるという状況になると、急激に便意が高まりを見せるのだ。

これも主観のなせる技である。

おそらく肛門括約筋がフライングするのだろう。「もうすぐ着く」が、「もう着く」となり、最後には「もう着いた」という間違った信号に歪められる。そして、悲劇が生まれるのである。

大胸筋、三角筋、広背筋、腹筋、大腿筋、私はこれまで様々な筋肉を鍛えてきた。だが、本当に鍛えねばならなかったのは、肛門括約筋だったのだ。

 

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