だれかが松葉杖で扉をたたく

結構、嘘つきである。

むかしは良かった人。「我が心はICにあらず」を書いた小田嶋隆さん、Twitterでやや炎上。

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小田嶋隆さんの「我が心はICにあらず」は、タイトルも秀逸だが、内容も良かった。その中の「隆二の秘密」という話が私は好きで、何度も繰り返して読んだ。

大阪で営業をやっていた著者が、休みの日にどこに行っても、ばったりと会社の人間に出くわし、プライベートのなさを嘆く話だ。大阪という大都市にあっても、結局、人の集まる場所など決まっていて、人間関係の煩わしさから逃れることはできないという悲しいストーリーだ。

特にラストの文章がいい。

「仕事がつまってくると、利尻島あたりでこんぶでもとって暮らしたいと思う時がある。誰も知らないところで、過去のない男として暮らすのだ。あるいは隆二とか何とか名乗って、港町のスナックで無口なマスターになるのもいいかもしれない。そして『マスターはどうしてこの町に来たの』と聞かれたら、ゆっくりグラスを磨きながら『雨になりそうですね、今夜は』と言うのだ」

面白かったんだがなあ、この頃の小田嶋隆さんは。

で、久しぶりに彼の名前をネットで見たと思ったら、Twitterの炎上(というほどでもないか)なのである。

朝日新聞の「麻生副総理 警察か防衛出動か射殺か 北朝鮮難民対策」という記事に対するツイートである。

「しゃさつって なんみんをしゃさつする んですか?」

この朝日の記事は、いつものように印象操作があって、ネットでも非難が集中。さすがにまずいと思ったのだろう、すぐに麻生副総理が実際に言った「武装難民」と書き換えた。つまり、朝日の印象操作に乗ってしまったツイートだったのだ。

その後、武装難民に対するツイートを連発するのだが、いずれも首をかしげるような内容だ。

「リブを読んでいると、次の首都圏大震災で本当に虐殺が起こる気がしてくる。千キロも離れた国から海を渡ってやってくる難民が、武装して日本人を襲撃することを主張する人間がこれだけ存在する以上、地震の混乱に乗じて日本人狩りを画策する外国人を先んじて殺そうとする連中だっているはずだ」

「『武装難民』なんていう扇情的なワーディングに脊椎反射して『武装難民なんだから射殺しないとこっちが射殺されるだろ』てなことを言ってる人たちは、てはじめに屏風の中から武装した難民を出してから話をすると良いんじゃないかな」

これらのツイートからは、苛立ちや皮肉のような負の感情しか感じられない。自分と反対側にいる人たちへの蔑視と憎しみがある。自分と相容れない相手を、ユーモアを介して描いたあの小田嶋隆さんは、どこに行ってしまったのだ。

思えば、「あれっ?」となった時期があった。

何年も前になるが、朝日新聞に載った小田嶋さんの文章を読んだ時だ。彼は、そこで「投票しないやつが偉そうに言うなと批判され、仕方なく選挙に行った」と語っていた。

いやいやいや、おかしいでしょうが。それは、小田嶋隆さんではないでしょうが。

「投票しないやつが偉そうに言うな」と言われたら、「たかが選挙に行っただけで偉そうに言うな」と言い返すべきである。

そもそも義務投票制なら行かない人間を非難できるが、日本はそうじゃない。行くも行かないも自由である。そして、政府に対して文句を言うのも自由である。個人の自由をなぜ批判するのか。

「投票しないやつが偉そうに言うな」と主張する連中は、自分が投票に行ったことを誇示したいという欲求があるのではないか。自分は正しい、行かないお前は間違っている。こうしたことを声高に言える人間は、私はあまり好きじゃない。

逆に投票には行ったが、こいつには偉そうに言う資格はないなと思える人間もいる。

民主党を与党にした選挙で、「一度、民主党にやらせてみよう」「自民党にお灸をすえよう」などと言ったニュースキャスターや新聞記事に踊らされ、なーんも考えずに民主党に投票した連中には、偉そうに語る資格はないと思う。

私の回りでは、マニフェストすら読まずに民主党に投票していたのもいた。

いやいや。私は彼のような人がいてもいいと思っている。

投票する以上は、選挙公約を読んで、新聞をチェックし、テレビの討論会は必ず見て、さらにこれと思った立候補者の勉強会に出るくらいはしてほしい。だが、なーんも考えずに投票するのも自由である。

危険だなと思うのは、「投票しないやつが偉そうに言うな」という意識である。その広がりである。それは、現在のリベラルと言われる人たちに内在している非寛容につながっているのだ。

そして、小田嶋隆さんは選挙に行って、リベラルになってしまった。政治菌かなにかに感染してしまったのだろう。彼のTwitterを読んでみると、そう思えてしまうのである。さらに、久しぶりに更新された彼のブログ「偉禺庵亭憮録」の記事のひどいこと。「ソーカイヤ音頭」という、クスッともできない文章が載っていた。

私は、選挙が憎い。

彼は、選挙に行くべきではなかったのだ。選挙に行ってはいけないタイプの人間だったのだ。彼を投票に行かせてしまった無邪気な圧力を、私は、憎む。熱力学第二法則よりも憎む。そして、二度と選挙に行かないことを私は誓う。