だれかが松葉杖で扉をたたく

結構、嘘つきである。

ロックンロール・スーサイド、自殺する人しない人。あるいはニーチェとデビッド・ボウイの言葉。

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今、自殺について調べている。

自殺を検討しているわけではない。ちょっと文章を書くためだ。ハゲているからと言って、悲観して死にたがっていると思ったら大きな間違いである。私には、まだまだやりたいことがあるのだ。

そう言えば以前見た映画で、「死ぬ前に、何をしたい?」「2人の女とやりたい」というセリフがあって、私は大きくウンウンと頷いた。私もその経験はないのである。まあ、性欲は少なめなので、相手は一人で十分なのだが。

ただ、そう考えていくと、「江ノ電にも乗ってないな」とか「パンダも見てないぞ」などと考え出し、最近は「広末涼子を見てから死ね」というのが私の標語となっている。まだまだ、死ねないのだ。若い頃、毎週発売される少年サンデーを糧に生き抜いた男である。小さな希望が明日への活力なのだ。

で、自殺についての資料探しなのだが、以前なら、図書館や書店で資料を探すのだが、今は、Googleすればいい。便利な時代になったものだが、そのせいで自殺願望の人を餌食にするシリアルキラーも現れる。便利で怖い時代になったものだ。

自殺からは程遠い私でも、ネットでそうした情報を読み続けていると気が重くなる。というか、物理的に気分が悪くなるのである。気が滅入る内容ばかりだし、見たくない画像が出てきたりする。まあ、自殺なのだから仕方がない。

こんなことを一週間も続ければ、脳天気な私も芥川龍之介太宰治のような精神状態になり、彼らのような優れた文章が書けるようになるのかもしれないが、まあ、ノーサンキューである。駄文しか書けなくても脳天気な方がいい。

フリードリヒ・ニーチェというのは偉い人で、こういう精神状態についても的確かつかっこいい文章を残している。

「怪物と闘う者は、その過程で自らが怪物と化さぬよう心せよ。おまえが長く深淵を覗くならば、深淵もまた等しくおまえを見返すのだ」

ドラマや映画でもよく出てくるセリフである。確か、海外ドラマ「クリミナル・マインド」でも「ニーチェ曰く」などと引用していた。哲学には無学だから、実際の意味がどんなものなのかは知らない。だが、自殺を調べていく内に自殺に取り憑かれそうでちょっと怖いという意味において、ニーチェの言葉はピッタリとくる。

自殺について調べるのはホドホドにしておこうと思う。検索履歴も消去しておいたほうがいいかもしれない。万一、私が他殺か自殺かわからない状況で死んだ場合、「おっ、見ろよ。仏さん、自殺についてずいぶんと検索してるようだぞ。こりゃあ、自殺で決まりだな」となりかねない。

Googleした結果として、一つだけ「見つけてよかった」という出会いがあった。

ご存知か? デビッド・ボウイというミュージシャンがいて、上の写真でわかるようにかなりのイケメンである。彼の曲に「Rock'n Roll Suicide」という作品があるのだが、これがなかなかいい。

「ダメだ。そうじゃないんだ。聞いてくれ。君は一人じゃない。自分のことがわかってるふりして混乱しているだけなんだ。そのことに気づいてほしいんだ。世の中の悪意という悪意がナイフとなって頭の中を切りつけてくる。そんな気がするんだろ? 僕だってそうだったんだ。君は一人じゃない。だから、生きることを一緒にはじめよう」

私は英語はさっぱりなのだが、そんなことを歌っているらしい。結構有名な曲らしいのだが、私ははじめて聴いた。この曲に救われた人も多いようだ。最後にYouTubeのを載せておくので、興味のある人は聴いて欲しい。

ちなみにニーチェで一番有名でかっこいいのは、次の言葉である。おそらく誰もが一度は聞いたことがあるはずだ。

「神は死んだ。神は死んだままだ。そしてわれわれが神を殺したのだ」

いささか中二病的ではあるが、これほどかっこいい言葉を私は他に知らない。

 


David Bowie - Rock n Roll Suicide