だれかが松葉杖で扉をたたく

結構、嘘つきである。

スタートレック派が語る「スターウォーズ 最後のジェダイ」。極めて非論理的ですな。

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私は、スタートレック派である。

確かにリアルタイムでスターウォーズを見たときには驚いた。なんという映像か!? ホンマモンの宇宙船や戦闘機が飛んどるやんけっ、と思った。スタートレックでありがちだった動きの違和感やショボい爆発もない。もちろんウルトラホーク1号を吊り下げるようなピアノ線もないのである。

すげえ、の一言だった。ただし映像に関しては、である。

あのストーリーはいけない。もうね、毛の長いクマみたいなチューバッカが出た時点で萎え萎えである。スタートレックのミスター・スポックなら、「地球人にありがちな子供だましですな」と軽蔑したように言うところだ。おまけにひねりもクソもない予定調和丸出しの展開は、「こんなんで喜ぶのは小学生だけじゃあ!」と腹立たしかった。

まあ、8回見に行ったんだけど。

そんな訳で、いまだに私はスター・トレック派なのだが、映画としての見せ方や盛り上げ方はスターウォーズに分があることは確かで、スターウォーズが封切りされるたびにワクワクしながら出かけるのである。

で、「スターウォーズ 最後のジェダイ」を見てきた。

85点である。やはりこのシリーズは映画館で見るべき映画で、今回も満足のいく仕上がりだった。

まあ、疑問点は色々ある。

例えば、反乱軍が追いかけられるシーンが長く続くのだが、反乱軍の大型艦が艦尾にシールドを張り、そのせいでファーストオーダー(帝国軍)の攻撃は阻止される。距離は一定に保たれ、ファーストオーダーはシールドを無駄に撃ち続ける。

ファーストオーダーは、反乱軍の燃料がなくなるのを待っているのだ。一隻また一隻と燃料が尽きた艦船が離脱し、ファーストオーダーの攻撃を受けて破壊される。大型艦の燃料がなくなれば、一巻の終わりである。

いやいやいや、とイライラしながら私は思う。スピードを出して追い抜かんかい! 追い抜いて横から前から攻撃すれば、一気に壊滅できるではないか。反乱軍の艦のほとんどは輸送船である。それほどスピードがあるとは思えないのだ。追い抜き禁止宙域だったのだろうか?

そもそも攻撃を受け続けているのに、シールドがびくともしないのはおかしいのではないか。少なくともハラハラ感はない。スタートレックなら技術主任のスコッティが「シールド60%に低下!」などと報告するところだ。

まあ、細かいことはどうでもいい。細かいことを気にしすぎると頭がはげるのだ。私の場合は、もうはげてるけど。

私が「いくらなんでも唐突すぎる」と思ったのは、ローズという整備士による行動だ。この作品でも特攻精神や自己犠牲というシーンがあるのだが、最後の最後で、ローズはそれを覆す行動に出る。

いや、その行動自体は、特攻精神を美化することへのアンチテーゼとして成立していると思う。だが、その理由が「愛」というのは、いかがなものか? 私は、救おうとした相手に、彼女が愛を感じていたなどとまるっきり気づかなかった。それとも私が見逃したのか。鈍感だからわからなかったのか。

気づかなかったとしたら、たぶん彼女の容姿に原因があるのだと思う。

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どう見ても吉本新喜劇の女芸人である。ツンデレタイプの美女なら、ちょっとした仕草で「もしや」と思わせ、最後に「あなたを愛してるのよ」というのはアリなのだが、このローズという整備士は、脱走しようとする兵士を問答無用で気絶させるような闘士である。「愛してるのよ」と言いながらキスして気を失うという展開は、ちょっと無理があるのではないか。

いや、決して、吉本的な女性に偏見があるわけではない。私は、美人よりもこういう隣のお姉ちゃん的な女性の方が好みである。そもそも私は、美人の整った顔を覚えられない相貌失認という症状があり、この手の顔のほうが印象に残るのだ。だが、一般的な映画的常識からすると(以下略)

ちなみにレイア姫役のキャリー・フィッシャーさんは、すでにこの世にいない。彼女が出るたびにそれが思い出され、いや、彼女の顔や手が映り、その衰えを目にするたびに、過ぎ去った時間が思い出されて仕方がなかった。スターウォーズ第一作は、もう40年も前なのだ。思えば、遠くに来たものである。

私の手もすでにシワだらけだ。「スターウォーズ エピソード9」の全米公開日は、2019年5月24日の予定だ。それまでは生きていたいものである。

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