だれかが松葉杖で扉をたたく

結構、嘘つきである。

「やめられない、とまらない」カルビーのかっぱえびせんが名誉毀損で訴えられる。

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カルビーには申し訳ないが、私にとっての「やめられない、とまらない」は、実はかっぱえびせんではない。

ご存知か?

落花糖という豆菓子がある。地方によっては贅沢豆と呼んでいる場合もある。おそらく昔、砂糖が高級品だった頃に作られたお菓子なのだろう。ピーナッツに砂糖をまぶしたお菓子である。

夏目漱石先生も大好物だったらしい。あまりに好きすぎて始終食べているので、奥さんが隠してしまったというエピソードもあるくらいだ。だが、先生はたちどころに探し当てて、貪り食ったのだという。

私もあればあるだけ食べてしまうので、できるだけ買わないようにしている。落花糖の代わりに、キャラメルコーンで代用し、「物足りんのお」などと呟きながら、最後に残ったピーナッツを食べているのだ。

さて、本家「やめられない、とまらない」は、カルビーかっぱえびせんである。

そのカルビー名誉毀損で訴えられたそうだ。ネットの記事で読んだ。

ちょっとややこしいので時系列で説明すると、まず、「あのキャッチフレーズ作ったの誰かわからへんねん」とカルビーが言い、「いや、それ、ワシですわ」と80歳の元広告マンが名乗りを上げ、「そうやったんですか、おおきに」とカルビーの社長も感謝した。

そこまでは良かったのだが、なぜか、その後カルビーが「あのキャッチフレーズを考えたのはうちの社員やで」と言い出した。このあたりの事情がわからない。このとおりだったとすると、カルビー側に非があるように感じられる。

元広告マンは、当然、「何言うとんねん。もう、回りに自慢してもうたがな。このままやとワシが嘘をついてるみたいやんけ」と怒りだし、事態が進展しないままに名誉毀損で訴えることとなったのである。ちなみに損害賠償請求は1億5000万円だ。

まあ、いずれカルビー側が「誤解してたみたいやわ。すんまへん」と言い出すのではないだろうか。キャッチフレーズには著作権などないし、例え元広告マンの作品だったとしても使用料などの支払い義務はない。認めても損はしないのだ。だが、裁判が長引けば、カルビーのイメージに傷が付くのである。

その記事を読んでいて、ちょっと疑問に感じたのは、キャッチフレーズの解釈についてだ。その筆者はカルビー寄りの考えのようで、その理由として「同じようなキャッチフレーズは他にもあるため、元広告マンの主張がすんなり受けいられないのだ」と書いている。ちょっと抜き出してみよう。

 

▼ケチをつけているわけではない。元広告マン氏があのフレーズをひらめいたのは紛れもない事実なのだろうが、少し視野を広げてスナック菓子業界全体を俯瞰(ふかん)してみると、「やめられない、とまらない」とほぼ似た意味のコピーがわりとちょいちょいある。
▼例えば分かりやすいのが、1932年に誕生したフリトレーのポテトチップス「レイズ」である。ドン・キホーテなどで見かけるこの老舗ポテチメーカーは、それまでは手作りしかなかったポテチを機械によって大量生産し、初めてテレビCMを展開したスナック菓子メーカーとして知られているが、以下の有名なコピーを生み出したことでも有名だ。
▼「Betcha can't eat just one」(きっと一袋だけじゃ物足りない!)

▼実際、この手の「やめられない、とまらない」的なコピーを掲げているのは、カルビーやフリトレーだけではない。1967年に発売されて以来、日本のみならず海外でもファンが多くいる「プリングルズ」も、「Once you pop, the fun don't stop」(開けたら最後、とまらない)という、「やめられない、とまらない」とビミョーにカブるコピーがある。

 

おそらくこの筆者、広告に関しては知識がないのだろう。「やめられない、とまらない」が「きっと一袋だけじゃ物足りない!」に似ているなどと言い出したら、コピーライターはやっていけないのである。モノを売るための言葉なのだから、「何を言うか」は似ていて当然ではないか。あとは、「どう言うか」の違いだけだ。

具体的に言うと、「きっと一袋だけじゃ物足りない!」というのは、コンセプトに近い言葉であり、それをキャッチフレーズに昇華したのが「やめられない、とまらない」である。言うまでもなく、「やめられない、とまらない」の方が優れた表現だ(英語の韻による効果は除外するとして)。

ちなみにこの筆者、こんなことも書いている。

 

▼ 広告クリエイターにとって、「あのコピー? オレがつくったんだよ」とドヤ顔で言えるか否かというのは、我々一般人が考えている以上に深刻な問題なのだ。

 

筆者のプロフィールを読んでみると、元週刊誌の記者である。やっぱりな。視点がちょっとゲスである。