だれかが松葉杖で扉をたたく

結構、嘘つきである。

コインチェックの580億円流出も、出川哲朗のCMも、さっぱりわからん。

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さっぱり意味がわからないのである。

インチェックという仮想通貨の取引所が580億円相当の「NEM」を奪われたのだそうだ。そう聞いても「な、何ですとお!?」などと驚くこともなく、「ほお」とか「ふーん」とかしか感想が出てこない。意味がわからんのだ。

インチェックというと、出川哲朗のCMを思い出すが、あのCM自体意味がわからなかった。もう、コインチェックという名前さえ覚えてもらえればいいというスタンスである。こういうのを志が低いCMという。

そもそも、あなた。仮想通貨などと言っているが、円やらドルも仮想である。一万円札はただの印刷された紙切れだし、硬貨は彫刻が施された円形の金属だ。国の偉い人が「これは一万円札と言って、いろんなモノと交換できる便利な紙なのだ」と決めているから疑いもなく使っているだけのことだ。

実際には、一万円札など実用性はない。メモ帳としてなら100万円の束よりも、100円ショップのメモ帳の方が上である。せめてメモに使えるように、札の裏面は白紙にしておけよと言いたい。私なら、トイレットペーパーと同じ紙にして、超インフレで一万円札が紙切れ同然になったときに備えるのである。金融資産がパーになっても、少なくともトイレットペーパーで困ることはないのだ。安倍総理にもこのくらいのリスク管理はしていただきたいものだ。

インチェック絡みで仮想通貨のリスクがどうのことのと言う人もいるが、コインチェックの事件は仮想通貨のリスクとは関係ない。アレは、単にコインチェックの人が無能だっただけの話である。リスクというのなら、会社選びで失敗するリスクを言うべきだろう。

無能の人は、いくら反省しても学習しても残念ながら無能のままである。これは、悲しいことだが現実だ。従って、コインチェックが有能な企業になることも、信用が戻ることもない。まあ、仮想通貨などに飛びつくのは無能な人が多そうなので、意外とやっていけるのかもしれないが。

以前、仮想通貨で儲けた人のインタビューを見たことがある。

「億り人」などと自称していたのだが、ちょっと呆れた。あまりにネーミングのセンスがなさ過ぎである。通常使われる「送り人」の意味とも通じておらず、実にトンチンカン。例えばマンションの上を行く「億ション」などはうまいネーミングだと思うのだが、いったい何を考えて「億り人」などと称しているのか。

鉄道マニアを鉄男・鉄子などと呼ぶことがあるが、あれと同じで億男と億子でいいのではないか。いや、まあ、そんなことはどうでもいいのである。ネーミングなど、あとから付いてくるものだ。ありふれたイチローという名前が世界のイチローになったように、実態を伴うネーミングは必ず定着する。「億り人」がどうなるかは知らない。

ちなみに私なら、正々堂々「はい、私は億万長者です」と言う。正確を期して「私は、25億3025万円長者です」と端数までしっかりと言いたい。まあ、言える日は一生来ないだろうけど。