だれかが松葉杖で扉をたたく

結構、嘘つきである。

なに、義理チョコはやめよう? ゴディバの広告? ゴディバって何やねん?

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バレンタインデーには、縁のない人生を送って参りました。

義理チョコすら私を避けて通るのでございます。義理が廃ればこの世は闇と申しますが、私など、もう右を見ても左を見ても真っ暗闇。生まれてこの方、たった一人でとぼとぼと暗い人生を歩んできたのでございます。

さて、冗談はおいといてバレンタインデーである。

私は、バレンタインデーには興味がない。チョコは好きだが、バレンタインデーのチョコには興味がないのだ。食べたいときに、食べたいチョコを食べる主義である。

特に、あの義理チョコというやつは嫌いである。ネーミングの絶妙さと、その唾棄すべき意味合いに、殺意さえ覚えるのだ。誰が考えたのか知らないが、うまいこと言いやがってと腹立たしい。

今の時期は、百貨店に行ってもコンビニに行ってもバレンタインデーの飾り付けが目に付き、極めて不快。この不快さを例えると、前から辻元清美が来たのであわててきびすを返すと、反対側から福島瑞穂がやって来たような不快さである。「前からは馬鹿者、後ろからは化け物」という危機的状況だ。

いやいや、そんなことを書く予定ではなかった。いつも前置きが長くなるのは、自分でも困ったものだと思う。

今日は、ゴディバの広告のことを書くのである。

上に載せた写真が、その広告なのだが、出来はなかなかいい。私としては、「日本は」はいらない。前に「日本よ、これが映画だ」などというキャッチフレーズがはやって、それ以来、たまに「日本」を広告で見かけたりする。まあ、強くはあるが、唐突な感じがして私的にはよろしくない。

私がディレクターなら、「日本という言葉を外して、現状よりもさらに強いイメージを出したまえ」と指示を出す。デザインは89点。キャッチは、68点である。

で、その広告で何を語っているかというと、「バレンタインデーは嫌いやという女性が結構おるし、義理チョコをあげるのも確かに負担やし、そもそも純粋に好意を伝える日なんやから義理チョコなんか、もうやめへん? ゴディバは、儀礼なんかとちゃう、好きやっちゅうほんまもんの気持ちを、これからも大切にしまっせ」という内容である。

まあ、正論だ。結構話題になっているらしく、いろんなニュースサイトで取り上げられていた。

そこでも言われているのは、ゴディバというブランドが「義理チョコ」にはなり得ないという点だ。私なども「ゴディバってずるい企業やなあ」と思ってしまった。

この広告を、例えば森永や明治が打ったとしたらどうか。誰もが「頭おかし」と思うに違いない。バレンタイン商戦という稼ぎ時に、製菓会社が水を差すような広告を打つはずがないのだ。ゴディバだから、打てる広告なのである。

早い話がゴディバは、「義理チョコなんかやめて、本命だけにしとき。もちろん、本命は、ゴディバでっせ」と言っているのだ。普通の製菓会社からしたら、これは明らかに営業妨害である。

そして、「ゴディバのチョコを買え」という本音をいかにうまく隠すかが、広告マンの腕の見せ所なのだ。ちょっとコピーのクライマックス部分を抜き出してみよう。

▲そもそもバレンタインは、純粋に気持ちを伝える日。社内の人間関係を調整する日ではない。だから男性のみなさんから、とりわけそれぞれの会社のトップから、彼女たちにまずひと言、言ってあげてください。「義理チョコ、ムリしないで」と。気持ちを伝える歓びを、もっと多くの人に楽しんでほしいから。そしてバレンタインデーを、もっと好きになってほしいから。愛してる。好きです。本当にありがとう。そんな儀礼ではない、心からの感情だけを、これからも大切にしたい私たちです。

「なに、格好つけとんじゃ!」と思わずぶん殴りたくなるのである。「自分らのチョコを買わしたいだけやろが」と叫びたくなるのである。おそらく普通の製菓会社の人たちは、そう叫んでいるだろう。

確か日経新聞の全15段広告だったと思うが、十分に話題になり、費用対効果で言えば完全勝利だろう。ゴディバという企業、なかなかやるものである。

誰か、私にもゴディバのチョコをくれ。