だれかが松葉杖で扉をたたく

結構、嘘つきである。

「下町ボブスレー」は、なぜ炎上したのか?

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「下町ボブスレー」が炎上したのだという。

私は、ほとんど知らなかった。大鶴義丹さんのコラムで知った。その記事を読み、他のニュースサイトを見たりして、「これは、炎上しても仕方がないな」と思った。

美談は、後から出てくるのが鉄則である。後から出るから、「ああ、そうだったのか」と人々は心を動かすことができるのだ。苦労話も同様だ。

「下町ボブスレー」のうさんくささは、美談や苦労話があらかじめ用意されていたことにある。冬季オリンピックがはじまる前に本が出版されているなど、もう、本末転倒以外のなにものでもない。CDやチョロQまで出ているではないか。

この「下町ボブスレー」という夢は、名を挙げて金が欲しいだけの人がボブスレーに目を付けてしまい、ジャマイカという格好の相手を見つけてしまい、それにマスメディアが乗っかることで生まれた醜い醜い「夢」だったのだ。

片方で自分の人生を賭けて本気で冬季オリンピックに取り組んでいる人たちがいるだけに、その差が大きかった。そのあまりにも大きなギャップが、嫌悪につながり、バッシングとなったのだろう。

もちろんビジネスとしては、間違った方法ではない。むしろ、そこに目を付け、推進していったバイタリティは立派だと思う。だが、あまりに下心が先行しすぎた。それが見え見えだった。さらには、器の小ささが透けていた。

その最たるものが、自分たちのソリが検査に合格しなかったという明らかな瑕疵があるのに、ジャマイカチームが「下町ボブスレー」の採用を中止したことに対して損害賠償を言い出したことだ。

大鶴義丹さんは、「経緯や本質よりも、こういう『美談の破綻』が、今の日本人は大好きなのだと感じた。そして違約金を請求するという部分が、日本人の大好きな『潔さ』がないと、火に油を注いだということだろう」と語っている。

私が思うに、「下町ボブスレー」はそもそも美談ではなかったのだ。マスメディアとタッグを組んだ欲望先行型の実業家が、その本音に気付かれ、嫌気を生んだのだと感じる。

もう少し「下町ボブスレー」が客観的な視点から行動できていれば、採用されなかったことに対して「残念」「4年後を目指せ」と応援の声も生まれたのだろうが。

もう、無理だろうね。

失敗に至るドキュメンタリーも放送されたらしいが、随分と「下町ボブスレー」寄りの視点だったらしい。まあ、当然のことだと思うのだが、それがさらに視聴者の嫌気を深めるのだ。それではドキュメンタリーにはならない。視聴者が嫌うねつ造やらせ番組である。

「下町ボブスレー」は、こんなセリフを言われたらしい。

「あなたはソリに乗ったことがないでしょ? まずはその経験が必要ね。それとボブスレーを知っている人の話をもっと聞きなさい」

結構、というか、かなりきつい言葉である。本気でボブスレーに取り組んできた人からすると、彼のような人間は最も許すことのできない存在なのだろう。

4年後の北京を目指して再起動できるかどうか。それが「下町ボブスレー」が単なる茶番で終わるかどうかの分岐点である。頑張って欲しいものだが、まあ、無理だろうなあ。