だれかが松葉杖で扉をたたく

結構、嘘つきである。

また、朝日新聞を読んで、怒りのあまり気が狂ってしまう。

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恥ずかしい話だが、いまだに朝日新聞を購読している。

別にリベラルだからではない。私は、テロリストかつ作家であったロープシンを信奉する人間ではあるが、サヨクは嫌いだ。辻元清美福島みずほを忌み嫌う者である。

ひどい政府ならいつでもテロリストになる覚悟はあるが、今の日本はそれほどひどい状態ではない。むしろ現在の野党が政権奪取をして無能なリベラルたちが日本を無茶苦茶にして、例えば韓国のような状態になれば、私の出番だと考えている。時が来るまで雌伏しているのだ。

さて、朝日新聞は偏向捏造が常の新聞であり、読むたびに腹が立つ。今朝も腹が立った。金を払って腹を立てるというのは自分でも納得いかないのだが、一身上の都合により朝日新聞購読者なのだ。今は、これが私の原罪への罰だとあきらめている。

さて、今朝腹が立った記事である。湊彬子という記者によるレビュー記事なのだが、いきなり嘘を書いている。

「報道は偏っている。『真実』はネットの中にある。そのような言説を聞くようになって何年が経つだろう」

いやいやいや。もうひとつついでに「いや」と言いたい。

「真実はネットの中にある」なんて、誰が言ったのか? 中にはそういう情報弱者もいるかも知れないが、さすがに多数ではないだろう。また、脳内取材しているのか?

ネットの情報にデマが多いのは、昔から周知の事実である。最近でもDeNAの医療情報サイト「WELQ」が問題になったばかりではないか。しかも、あれよりも程度の低い医療情報が、ネットには今でも山のようにあふれているのだ。

さらには、アフィリエイトステマなどがネットには跋扈し、信じる者は馬鹿を見る状態である。多くの人は、「ネットには真実などない」ことを知っているのである。

なぜ、この湊という記者が「真実はネットの中にある」という言葉を使ってトンチンカンなイメージを強調したのかというと、「ね、アホなこと言うてはるでしょ。そういう人が、報道は偏ってるって言うてるんですよ」という印象を与えたいからではないか。

いや、もう、そうに決まっているのである。何としてでも、「朝日新聞は偏向してません。そんなことを言う人は、アホなんです」と言いたいのである。なんとイヤらしい記者でありませうか。

レビューの後半部分で、「記者やディレクターにも先入観があるとの指摘にぎくりとする」などと書いているのだが、何をいまさらとちゃんちゃらおかしい。先入観ありまくりなのが朝日新聞の記者ではないか。一生、ぎくりとしてろと言いたい。

ちなみに「真実」などという言葉を自分の文章中で軽々しく使ってしまう点で、この人は、記者としての資格がないと思われる。いや、断言できる。

記者なら、「事実」と書かんかい。人の数だけ真実やら正義やらはあるということくらい、わかっているだろうが。真実や正義という言葉をヌケヌケと使う人間は信用できないのである。

もしかしたら、言っている相手を馬鹿だと思わせる意味で、「真実」を使ったのかも知れないが、だったら、この人は徹底的にイヤらしい人だ。もう、坊主憎けりゃ袈裟まで憎い状態である。何が何でもこの記者はイヤらしいのだ。捏造と偏向の使者なのだ。

実際には、彼女はこう書きたかったのだろう。

「報道は偏っている。『真実(笑)』はネットの中にある。そのような愚かな言説を聞くようになって何年が経つだろう。アホやねえ」

そうだ。彼女は、そう言いたいに違いない。そうに決まっている。くそっ。朝日新聞のくそったれがっ。そんなことを考えていると、ますます腹が立ってくる。怒りが怒りを生み、思わずウガーッと叫んでしまうのである。

朝日新聞が水に溶ける紙を使っていたら、毎日、ウンコを拭いてやるのにと残念極まりない。ウンコを拭くのにふさわしいのが朝日新聞なのだ。

朝日新聞など、トイレットペーパーにも劣る存在である。クソくらえ。