だれかが松葉杖で扉をたたく

結構、嘘つきである。

大坂なおみ選手に変な質問をした記者がいるという。変態か!?

 

大坂なおみ選手のインタビューで、何を言っているかよく分からない質問が出たとして話題になっていた。

ほお、何を言っているかよく分からないのは、私の得意技である。富田林への行き方を聞いているはずが、いつの間にかプリキュアの話になり、さらには頻尿の話題となって「では」と別れてから「あ、富田林だった」と思い出すことも多々ある。いまだに富田林にはたどり着いていない。

さて、大坂なおみ選手のことだ。

その記事を読んでみると、確かにその記者が何を聞きたいのかが分からない。

「大坂さんの活躍ですとか存在というのが、古い日本人像を見直したり、考え直すきっかけになっているというような報道があるのですが、ご自身のアイデンティティというのも含めて、そのへんをどのように受け止めておられるのかお聞かせください」

そういう報道があるのかないのか私は知らないのだが、少なくとも「大坂なおみ選手は知っている」という前提でこの記者は質問している。いや、それは質問者としては乱暴すぎるだろう。よほど大きな話題になっているなら別だが、そうでない場合は、少なくとも具体的に「どういう報道か」を伝えないと、「ああ、その件ね」とはならない。質問者としては失格である。

案の定、大坂なおみ選手も「?」となって通訳に助けを求めた。通訳もそういう報道について知らなかったらしく、「その報道はテニスに関して、そういう風に報道されているんですか?」と質問を返した。

記者は、質問を繰り返した。

「いわゆる古い日本人というものが、日本人の間で生まれた人が日本人というものがあると思うんですけども、大坂選手の活躍で、大坂選手のバックグランドが報道される中で、そういった価値観というものが少し変えよう変わろうという動きが出てるんですけども」

これは、いけない。これは、記者として致命的である。言葉に無駄が多すぎる。言葉の選び方のピントがずれている。さらに通訳を介しておこなわれていることを考えれば、百点満点で3点くらいしかあげられない。そういうシチュエーションでは、シンプルにズバッスパッバシッと聞くのが鉄則である。

彼の言うことを意訳すると、「日本人の中には『ハーフは日本人じゃない』という考えがあるのだが、あなたはご自分を日本人とお考えですか?」という質問になるのだろう。「そして、あなたの活躍が、そうした古い日本人の考え方を変えようとしているのではないか」と言いたかったに違いない。

まあ、これは質問ではなく、自分の意見の発表であるのだが。

凱旋会見としては非常にずれた質問だと思う。だが、まあ、それは仕方がない。そういう人は、どこにでもいる。ただ、質問の仕方が極めて下手くそであることは確かで、そうなってしまった要因は、おそらく「頭がいいと思われたい」という意識が強過ぎるのだろう。それが逆に、失笑されたり「もう一つ質問を」「いや、結構です」という展開につながっているのだ。自分がアホであると自覚し、もっと素直に言葉が発せられるように努力していただきたい。

で、この記者の同僚か上司かは知らないのだが、こんなことをツイートしている。

「会見でハフポストの記者が尋ねたことを誤解している人が多いようですが、大坂選手の活躍をきっかけに多様なルーツを持つ広義の『日本人』に対する、偏った見方があることを『アイデンティティ』につなげて聞いていたのでした。答えから、大坂選手がそこに縛られていないとわかり、嬉しかったのです」

「縛られていないことがわかり」というのは、これはいくらなんでも都合が良すぎる解釈で、実際には「私は自分のアイデンティティに関しては、特に深く考える事がなく」というのが正確な答えである。そもそも大坂選手は、生まれたのは日本でも育ったのはアメリカであり、多民族国家であるアメリカ育ちの彼女に対して「アイデンティティは?」などと聞いても、彼女にとってはトンチンカンな質問でしかない。

ハフポストの人たち、人種差別を意識しすぎて自ら言葉や思考を規制してしまい、本質がぼやけてしまっているのではないか。その手の質問をするのはいいのだが、その前にもっと取材能力を磨けと言いたい。自分とこの記者の不手際を言い訳したり正当化するより、その取材能力のなさを恥じた方がいいと思う。

もっと素直に語れよ。そんなことじゃあ、朝日新聞になっちゃうよ。

などと思っていたら、同僚だか上司だかのTwitterの紹介文に「朝日新聞→ハフポスト日本版編集部」とあって、「なるほど!」と思わずヒザを100回くらい叩いた。