だれかが松葉杖で扉をたたく

結構、嘘つきである。

停電に見る運命の不平等さ。なぜウチが停電しているのに、裏の家は灯りが付いているのか!?

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いやあ、驚いた。

この間台風が我が家にもやってきたのだが、なんと14時間も停電が続いた。停電など、万一なったとしても数秒、長くても数分で復旧すると思い込んでいたのだが、その考えは甘かったのだ。

だが、14時間というのはまだましで、歩いて20分ほどの地域などは、一週間以上停電しているとニュースでやっていた。14時間であの不便さだったことからすると、それが一週間も続くなど地獄の責め苦である。ニュースでは、寮住まい女子大生が「お風呂には入れないのがつらい」などと嘆いていたのだが、その女子大生限定なら、私の家の風呂をお貸してあげたいと思ったほど気の毒だった。

面白いというか、皮肉というか、悲喜劇というか、運命の不平等さを感じさせたのが停電のエリアが明確だったことだ。

「停電は不便だなあ。電気って大切だなあ」などと当たり前のことに気がついて、二階の窓から暗い夜の街をながめていると、いやあ、驚いた。裏にある家のキッチンの天窓が明るく光ったではないか。見ると、その家が面した道路の街灯も点灯したのである。

「光あれ」

まさにその瞬間を私は目にしたのだ。

「停電が直ったのか!」などと一瞬喜んで、我が家の照明のスイッチを入れても、カチャカチャむなしく音がするだけだ。

「裏の家が電気ついとんのに、なぜ、ワシの家がつかへんのじゃーッ」と思わず地団駄を踏みましたね。思いっきり踏みました。

外に出てみると、ウチの家から南側が街灯も家の灯りも付いておらず暗い世界。北側は煌々と明るい世界である。まるで北側が資本主義、私の家から南側は社会主義のような状況だ。

復旧したのは、それから10時間後だ。その長かったこと。朝の4時に部屋の灯りがパッとついた時には、思わず関西電力の方向に向かって三拝したほどです。

ちなみに歩いて数分のところにある私の実家のエリアは、一度も停電していなかった。古くからある地域のせいか、関西電力が気をつかったのだろうか。「あのへん、うるさい人が多いから、電柱、丈夫にしとこか」

後日、母親と会った際、「え、あんたとこ停電してはったん? それは、ご苦労はんどしたなあ」と彼女は、なぜか京都弁で言った。