だれかが松葉杖で扉をたたく

結構、嘘つきである。

安田純平さんを「自己責任」でバッシングすることの愚かさ。「(今のところ)ジャーナリストとして失敗した人」が正確な表現である。

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さて、フリージャーナリストの安田純平さんである。

彼は、シリアで武装組織に拘束させ、いや、間違えた。「拘束させ」ではなく「拘束され」だ。一文字違えば、意味は大きく変わるのだ。気を付けなければならない。

さてさて、彼をバッシングする人も多く、その理由として「自己責任」という言葉がよく使われているようだ。

しかし私自身は、自己責任はバッシングのフレーズにはならないと考えている。

「自己責任だろうが!」と追求しても、「そうだよ。だから、捕まったのは自分の責任だし、殺されても文句は言わないし、助ける必要もないし、放っておいてもいいんだよ」と返されたら終わりである。自己責任を言い立てても意味がないのだ。

責めるべきは、政府からさんざん「(お前は何度も捕まってるし)危険だから行くな」と言われていたにも関わらず行ってしまい、しかも政府に対して憎まれ口を叩いたことである。ジャーナリスト以前に人間として首をかしげてしまうような発言なのだ。そんな強気なことを言っていたにも関わらず捕まってしまい、「韓国人のウマルです。助けてちょうだい」と発言した。非常に格好悪いのだ。

以上、彼に対してバッシングしたいのなら、「自己責任を完遂することのできなかった人」と言うべきである。もしくは「偉そうに文句言ってたくせに、ぶっさいくやのお」とバッシングすべきである。「自己責任」そのものでバッシングするのはトンチンカンなことなのだ。以後、ご注意いただきたい。

ちなみに著名人の見解では、小林よしのりさんは「安田純平は武士のような人格者。それに比べて自己責任論でバッシングするヘタレ虫ども」などと語っている。

彼によれば「安田氏は身代金を無視せよというメッセージを出そうとしたことが見つかり、虐待されはじめたらしい」とのことで、それが事実なら、確かに「自己責任の完遂を目指した」とも考えられる。だが、メッセージが届いた時点では「何だ、韓国人のウマルさんだったのか」としか思えなかったのであり、やはり「自己責任の完遂」とまでは言えないだろう。

安田さんは、無視せよと伝えるのなら、もっとわかりやすくメッセージの最後に「嘘だぴょ~ん」と言っておくべきだったのだ。どうせ日本語などわからないのだから大丈夫だ。

ZOZOTOWNの前沢社長という方の意見もネットで話題になっていたのだが、この人は「なるへそっ」と思わせる論理に欠け、表現自体も面白味に欠ける。もっと過激な言葉を使わなければ、私の興味は引けない。小林よしのり氏の「ヘタレ虫」を参考にしていただきたい。

一番「なるへそっ」と感心したのは、ビートたけしさんで「登山家が成功すればいい写真とか名誉を得られるけど、失敗した場合は救助隊に(自費で)お金を払うでしょ?この人は失敗したんじゃないの?」との意見だ。

「自己責任」というなんだかはっきりしない、まるでウンコが3センチほど出たまま停止したような視点からすっぱり離れて、プロとしての視点から語っているわけで、これが一番明晰な答えだと思う。

つまり安田純平さんは、「ジャーナリストとして失敗した人」なのだ。捕まらず、素晴らしい写真や記述をものにし、「シリアはこんなにひどい状況なのか。日本でもなんとかしなければ」と人々の心を動かせば、「ジャーナリストとして成功した人」となれたのだが……。

だが、まだまだ結果はわからない。今回の経験を本にして100万部を売り尽くし、ハリウッドで映画化。「ランボー5 ウマルの救出」が世界的ヒットとなる可能性もゼロではないのだ。0.003%くらいの可能性はあると思う。

まあ、冗談は抜きにして、出版社の執筆要請はすでにあると思う。本が出れば、私は買うかも知れない。著作者名が「安田純平(ウマル)」だったら、100%買うと思う。ああ、楽しみだ。