だれかが松葉杖で扉をたたく

結構、嘘つきである。

コーヒーを1日13杯飲むと、夜中にトイレに2回起きる法則。あるいは片岡義男「珈琲が呼ぶ」への謝罪。

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朝は、ミルクティーと決めている。基本的には、アールグレイだ。正直に言うと、アールグレイでもダージリンでもいいのだが、こだわってる感が欲しいのでアールグレイにしている。薄っぺらな男である。

ミルクティーをすすりながら、バターを塗って砂糖をまぶしたトーストを食べる。糖尿病、どんとこい。食卓の上には、朝日捏造新聞。偏向した記事に腹を立て、朝日の代弁をする読者の声欄に怒り、上から目線の天声人語に対して罵倒する。いつもの朝である。

食事が終わると、コーヒーを入れて書斎へ行く。コーヒーにはこだわりがない。紅茶は紳士が嗜むもののような気がするのでこだわるのだが、コーヒーはなんとなくアメリカのあんちゃん的なイメージでこだわる必要はない。インスタントで十分だ。ネスカフェでもいいし、ブレンディでも構わない。

パソコンを立ち上げているうちにコーヒーを飲み終え、また、キッチンに行ってコーヒーを入れる。ニュースなどをチェックし終えるとコーヒーがなくなっているので、また、キッチンへ行ってコーヒーをつぐのである。

こんなことを繰り返していると、結局、1日13杯とか15杯になってしまうのだ。

コーヒーには利尿効果があるらしく、トイレにも頻繁に行く。就寝後も同様である。ふだんは2回、こないだなどは3回行った。死ぬまでに10回を超えてやろうと狙っている。

トイレを探し回る夢を見て目が覚め、現実のトイレに駆け込むのだが、それほど腹は立たない。高学年までおねしょをしていた経験があるので、布団の中で漏らすよりもはるかにマシである。むしろ、「よく目が覚めた。おねしょを回避できたのはたいしたものだ」と自分で自分を褒めてやりたい。

そもそも、トイレ空間は好きだから問題はない。私の場合は尿の切れが悪く、小の場合でも時間がかかるので本を持ち込む。用を足し終えても40分ほど便器に座っていることがあって、やはり一番読書に集中できるのがトイレなのだ。

さて、この間、片岡義男の「珈琲が呼ぶ」の話を書いた。Kindle版がやたら安くて、つい買ってしまったという話だ。だが、やはりリアルな本の感触が欲しくて、書店に買いに行くと書いた記事である。

買いに行った。そして、思ったのである。

ソフトカバーなのに1,800円は高いのではないか、などと書いて申し訳ない。手に取ってはじめてその分厚さに気付いた。タブレットでは厚みなどわからないのである。

上の写真をご確認いただきたい。前の記事で比較した「筒井康隆、自作を語る」と比べるとその差は歴然。もちろん分厚くても中身がつまらなければ意味がないのだが、「珈琲が呼ぶ」は、分厚さに比例する面白さである。その分、楽しみも長く続くのだ。

ちなみに私が所有する分厚い本(辞典は除く)としては、ハードカバーでは藤田宜永「鋼鉄の騎士」が870ページ。文庫本では、アレステア・レナルズ「啓示空間」の1,039ページである。特に「啓示空間」の方は、文庫本のくせにやたら存在感があり、正直「頭おかしいんじゃないの」と思ってしまうような本である。

で、どちらも未読だ。

この2冊を読み終えることは、「死ぬまでにやりたいけどたぶん無理なこと」リストの上位に位置する。私が死んだ際は、棺桶に入れて、一緒に燃やしていただきたい。

 

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