だれかが松葉杖で扉をたたく

結構、嘘つきである。

立憲民主党の枝野さん「安倍総理は小学6年生並み」と小学1年生並みの悪口を言う。

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朝日捏造新聞デジタル版が馬鹿な記事を出していて、「日本の総理、小学6年生並みで情けない 立憲・枝野氏」という見出しだ。「グッドニュースや。これやったら安倍総理を貶められるで」と喜んだのだろう。

だが、以前なら「えっ、ホンマか。安倍総理って小学6年生並みなんか!?」と反応があったのかも知れないが、今は、「いやいやいや、その小学6年生並みの総理に惨敗してる立憲民主党は何年生やねん」と突っ込まれるのである。

こんな記事を掲載して安倍総理を貶めようとしても、喜ぶのは一部のリベラルだけなのだ。いや、リベラルの中にも「こんなこと言うたら、またブーメランや言われるやろがっ」といさめる人もいるくらいだ。

記事の全文(集会でのあいさつの一部)を転載してみよう。

▼国会の状況は本当に目を覆うばかりだ。公文書改ざんをはじめ、毎月勤労統計に至るまで、ウソとごまかしの政権、子どもじみた政権だと思う。実は私、小学校6年の男の子を子育て中だ。だいたい想像つくと思うが、小学校6年のやんちゃな男の子に向かって感じること、言っていること。「ひとのせいにするな」「感情的にむきになるな」「大きな声、変なところで出すな」。日本の総理大臣が小学校6年生並みだ。下手すると、うちの息子の方がまだましでないか。ほんとに情けない状況だ。(14日、国会内であった日本退職者連合の集会あいさつで)

ひとのせいにするな、感情的にむきになるな、大きな声を変なところで出すな、という三点は、これは見事なブーメランであって、野党に対してこそふさわしい警句なのである。

私は、この枝野さんという人をほとんど知らないのだが、ネットでは革マルだ三流政治家だムーミンのパパなのだと散々な評価である。

私の印象に残っているのは、(当時は絶好調だった)希望の党に入れると大はしゃぎして、ところが入れないとわかって仕方がなく立憲民主党を創設。どこかの勘違いしたコメンテーターが「男気がある」などと持ち上げ、それを真に受けて調子に乗ったオッサンの姿である。

「小学6年生並み」という言葉が相手にダメージを与え、国民から支持を受けると本気で考えているなら、この人こそ小学6年生並み、いや、小学生以下、いやいや、胎児になる前の精子、いやいやいや、胎児にもなれない落ちこぼれのダメ精子レベルであると言っても過言ではない。

小学6年の男の子を子育て中らしいが、こんな親に育てられるとは実に気の毒である。まあ、小学6年だとそこそこ客観的に親のことを見られるだろうから、「ああ、おとうはん、またブーメラン投げてはるわ」などと思っているかもしれない。父親を反面教師にして、健やかに育っていただきたいものだ。

悪口と言えば、例えば辻元清美さんや蓮舫さんが「同じ空気を吸うのも嫌」などと相手を貶める表現を使っていたが、野党の皆さんは、どうしてこういうレベルの低い表現を好むのだろう。

悪口は、知的に、品良く、かつユーモアに包み込んで言う、それが鉄則だ。また、その人の普段の言動も重要である。

例えば辻元さんが「キンタマ」と言えば、そこには知性も品格もユーモアもなく、ただただ不快な上から目線のキンタマがあるだけである。だが、私が「キンタマ」と言えば、皆さんの脳裏には、例えようもなく品格のある美しいキンタマが浮かび上がる。嘘だというのなら見せてやるからウチまで来なさい。私のキンタマは、1年365日ピカピカである。

従って、普通の人々が枝野さんや辻元さんが言ったようなレベルの低い悪口に接したなら、言った相手に嫌なイメージを持つだけである。言えば言うほど損をするのだ。

なぜ、それがわからないんだろうか。支持率が、明確にそれを示しているというのに。

リベラルな連中ばかりを回りに置き、その声しか聞かないと、結局何も見えなくなってしまうのだろう。彼らの様子は、宗教にかぶれた狂信者の姿にも合致する。

実に愚か。再び野党が政権奪取できるのは、一万年後くらいになるのではないか。枝野さん、それまで頑張って長生きしていただきたい。