だれかが松葉杖で扉をたたく

結構、嘘つきである。

土方歳三はバルカン星人だった!? 意表を突く人物造形が魅力的な京極夏彦「ヒトごろし」

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私は、理路整然を何よりも好む。そして、支離滅裂を何よりも憎む。子供の頃からそうだった。

ご存知か? 私が小学生の頃「1+1=41」という馬鹿げた数式が話題になったことがあった。「この算数、わかるか?」などとクラスメートが私に言い、へらへらと笑ったのを覚えている。

「君は馬鹿かね」と私は言った。「1+1が2であることは明白である。決して41にはならない」

すると彼は、へらへら笑う表情を貼り付けたままノートに数式を書き始めた。1の尻尾に+を続けて書くと、それはいびつではあるが4に見えた。その横に彼は1と書き足し、自慢げに「ほらな、41や」と言ったのだ。

「それは、算数ではない。パズルである」と私は鼻で笑った。「そんなのが楽しいのかね。極めて非論理的だね」

クラスメートが馬鹿に見えて仕方がなかった。同じ人間とは思えなかった。それから何年か経ち、ある日、すべてが氷解した。

ふと見たテレビに、耳のとがった宇宙人が映っていた。そして、彼が言ったのだ。「極めて非論理的ですな」

宇宙大作戦」というテレビドラマである。今も「スタートレック」という名前で映画やテレビシリーズが続くスターウォーズ以上の長寿コンテンツだ。

そうだったのかっ。そのスポックというバルカン星人は、とても他人とは思えなかった。私は、はっきりと血のつながりを感じたのである。私は地球人ではなかったのだ。バルカン星人だったのだ。道理で回りの人間たちが馬鹿に見えるわけである。

それ以来私は孤独だ。理路整然とした人を見つけては、もしかして私の同胞かと期待を抱いた。杉下右京を知った時も期待したのだが、「いやいや、バルカン星人なら『恥を知りなさぁいっ』などと感情をむき出しにすることはないな」とガッカリしたものだ。

さて、京極夏彦の「ヒトごろし」である。分厚い。1083ページである。これで思い切り頭を殴れば、頸椎が折れておそらく死ぬ。「ヒトごろし殺人事件」である。

この作品で描かれる土方歳三は、非常に魅力的だ。実は、彼には「人を殺したい」という根源的な欲求があったという設定である。子供の頃、侍が不義密通をおかした妻の首をはね、その噴き出す血の美しさに心を奪われたのだ。

同時に土方歳三は、極めて頭のいい、理路整然とした男として描かれる。

人を斬り殺したい。だが、その行為は、どんな世でも許されないことである。どうすれば、人を殺すことができるのか。どういう立場になれば人殺しが許されるのか。それを理詰めで考え、やがて新撰組という組織の副長の立場となり、公務として人を殺していくのだ。人を殺すために、近藤勇を御輿に担ぎ、幕府を手玉に取り、時代を動かしていった男なのだ。驚くべき解釈である。

沖田総司も殺すのが好きな男として描かれている。ドラマや映画では、彼はイケメンの剣豪、人を斬って「コホンコホン」と咳をする魅力的な男として描かれているが、この作品では違う。彼はネズミのような品のない顔と下卑た笑い。自分の欲望のために、ネコや犬も斬り殺す男として描かれている。単に殺すのが好きな異常者なのだ。沖田総司は、土方を自分と同類とすぐに気付く。当然、土方歳三は、彼のことを忌み嫌う。「俺とは違う」

ラストに近く、もう一人の理路整然キャラクターが現れる。勝海舟だ。これは、これまでの勝海舟像と合致する。まあ、彼の理路整然は知っていたのだが、妾が何人もいたほど女好きという一点でバルカン星人ではないことは明らかだ。

彼は、土方の能力を知り、説得しようとする。

「おい土方。てめえはな、人の上に立つ才覚があらア。それを人殺しに使うなよ勿体ねえ」「今、刀棄てろ。そうすりゃ俺が何とかするよ。近藤を救けられなかった代わりに……そんなもんは代わりにゃならねえが、俺が口利いてやるぞ土方」

だが、土方歳三は「迷惑だよ」と断る。「俺は好き勝手に生きる」

もはや自分が望むような人殺しの時代ではない。今の戦では、鉄砲や大砲で侍たちが何十人何百人と死んでいく。いや、そうである以上、彼らは侍ではない。単なる兵隊なのだ。そんな死に方は穢いものであり、彼にとっては無意味なものだったのだ。だから、生き残る道を選ばなかったのである。

何という理路整然な生き様であるかっ。読み終わって、私は小躍りした。この土方歳三の理路整然さは、人間のものではない。彼こそがバルカン星人だったのだ。

おそらく過去の地球の調査に来て、何らかの事故が起きて帰ることができず、地球人として暮らしたのだろう。「こんな非論理的な人類は、滅ぼしておいた方が宇宙のためだ」と判断し、人殺しに邁進したのである。

で、バルカン星人に違いないとネットで調べてみたら、あなた、びっくりしましたよ。こんな逸話が紹介されていた。

▼容姿が良く女性にモテた為に、京都にて新選組副長として活動していた時などは、日野の親戚に向けて多数の女性からの恋文をまとめて木箱に入れ「つまらぬ物」と書き記し、送って自慢するほどであった。

いやいやいや、それはない。「つまらぬ物」なら棄てるのが筋である。それを親戚に送りつけて自慢するというのは、とてもバルカン星人の行為とは思えないのだ。

ネットにあった土方歳三の写真に向かって、「極めて非論理的ですな」と私は言った。私の同胞は、まだ見つかっていない。