だれかが松葉杖で扉をたたく

結構、嘘つきである。

「ぶっさいくやのう」と思わず言ってしまう堺市の竹山市長。

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私は、不細工である。

誰が何と言おうが不細工で間違いない。1万人の女性に「この人は不細工ですか?」とたずねれば、1万人全員が「不細工です」と必ず答える。1万人全員が「絶対に抱かれたくない」と声を揃える。

失礼でしょうがーっ、と怒る気力も起こらないほど不細工である。今度生まれてくる時は、福山雅治に生まれてきたいと心底思う。

さて、そんな私には人様の顔をどうこう言う資格などないのだが、それでもたまには言いたくなる。

「ぶっさいくやのう」

堺市市長の竹山修身さんのことである。こんなに不細工なのに市長である。もちろん、人間は顔ではない。福島みずほさんだって不細工だが、日夜、反日に頑張っておられる。辻元清美さんはヘンテコな顔だが、今日も疑惑のデパートで元気に買い物をしている。

人間、顔ではないのだ。だが、竹山市長の顔は、テレビで見るたびに「ぶっさいくやのう」と言ってしまうのだ。

なぜか? 確かに最近の竹山市長は疑惑だらけだ。

竹山市長の関連政治団体において、過去6年間で約7,000万円の収入と約6,500万円の支出の記載漏れがあった。未記載の6割に領収書がなかったとも言われている。竹山市長は「政治資金規正法に合致しない措置が採られていた。遺憾で責任を痛感している」などと釈明しているのだが、辞職の意志はないようである。はっきり言って見苦しい。

だが、私が「ぶっさいくやのう」と言ってしまうのは、そうした騒動が原因ではないと思う。やはり、当時の橋下知事の後押しで堺市長選に立候補し、そのおかげで当選したにも関わらず、その後、維新とは決別。「堺のことは堺で決める」などと発言し、橋下氏との「直接討論」を拒否したりした。

その態度が意識に残っているせいか、つい、「ぶっさいくやのう」と言ってしまうのである。

もちろん、「この裏切り者がっ」などと言うつもりはない。政治の世界ではよくあることである。ただ、あまりにもあからさま過ぎた。都構想には賛成していたくせに、堺市もそこに含まれることを知ると反対に回った。「堺市は自分のもんじゃ~」という意識が芽生えたのか。

彼は、自民や民主などの反都構想勢力の結集を呼びかけた。そして、「大阪市解体は百害あって一利なし」と公然と批判した。橋下氏は、「相乗り批判で当選したのに、今度は自分が相乗りか」と皮肉った。

私は不細工な人間として、不細工である以上、生き様くらいは美しくありたいと考えている。「清く正しくぶっさいく」が私のポリシーである。だからこそ、生きることを許されているのだと考えている。

竹山市長は、そんな私の理念から遠く離れてしまっているのだ。日本不細工連盟というのがあるのかないのか知らないのだが、あるとすれば除名を言い渡されることだろう。

ちなみに、あるのかないのか知らない日本不細工連盟の会長は、私の希望としては、自民党の二階幹事長(実は若い頃は結構イケメン)であってほしいと思う。歳をとった今の顔は、会長として資格は十分に満たしている。

ただし、生き様が美しいかどうかは知らない。