だれかが松葉杖で扉をたたく

結構、嘘つきである。

朝日捏造新聞「素粒子」が意味不明。「新天皇即位とは関係ないなあ」とのたまう。

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朝日捏造新聞の「天声人語」はいろいろと問題はあるが、まあ、それなりに読める。ある意味、楽しみにしている。

だが、夕刊に載っている「素粒子」は、まるでワクワク感がない。読んでも出てくるのは失笑だけだ。スペースの関係上どうしても短い文章になるので、その点の難しさは理解できるのだが、ユーモアのセンスがない人が頑張って面白いことを書こうとしている風である。読んでいて痛々しくもある。

5月1日の「素粒子」もそうだった。短いから全文載せておこう。

 

▼けさ、日の丸が林立する銀座・並木通りを歩いて、奉祝ムードに浸りながら考えた。で、何が変わるのか。世の中に改めたい問題は多いが、新天皇即位とは関係ないなあ。
    ×    ×
▼退位の特例はきっと前例になるだろう。次のカウントダウンはどこで聞くことやら。
    ×    ×
▼朝刊の明治の全面広告に声をあげて笑った。「今日からR・1」令和元年始まる。

 

いろいろとイヤらしい文章である。

特に二段目の「次のカウントダウン」がイヤらしい。天皇の退位と新天皇皇位継承の話のはずが、どこかその辺のショッピングモールでやっているイベントを語っているような文章である。たぶん、本音が出てしまったのだろう。

さらにイヤらしいのが「どこで聞くことやら」の「やら」である。普通は「どこで聞くのだろう」となる。ちょっと茶化すような印象なのだ。たぶん天皇制を茶化し、新元号を茶化し、喜ぶ日本国民を茶化したいのだ。

最後の段で「R・1」の全面広告の話を出しているのだが、おそらく「改元なんて、せいぜいこうやって広告に利用される程度のものなんですよ」と言っているのだろう。だから、思わず笑ったのだ。

意味不明なのは、「世の中に改めたい問題は多いが、新天皇即位とは関係ないなあ」という部分である。前の文章と後ろの文章の間に、何か関連性はあるのか? 「いろいろ問題があるが、新天皇がそれを解決してくれるわけではない」という意味だろうか? 

改元とは関係ないなあ」ならわからないでもないのだが、なぜ、「新天皇即位」などという言葉を選んだのか? やっぱり天皇そのものを茶化したいのか?

頭のできが悪いせいか、私にはどうにも理解できないのだ。

これを書いた記者は私よりも頭がいいことは確実なのだが、平易な言葉を使うことはもちろんだが、行間を読むなどの高度な技術が必要な文章は控えていただきたい。

そもそも元号が変わっても、実際には何も変わらないことなどわかりきったことだ。別に元号が改まったからと言って、いろいろある問題も改めなければならないというわけでもないだろう。

平成に変わった時に「平成最初の登校ですが、どうですか?」とインタビューを受けた小学生も、「いつもと一緒や。急に変わるかいな」と答えていた。この小学生のほうが、はるかに現実が見えているのだ。

まあ、年が改まったり元号が改まったりすると、ついでに何を改めたくなるのが人間のサガなのだろう。わからないでもない。

その流れに乗ると、私が一番改めてほしいのは、朝日新聞がこれまで犯した多くの捏造や偏向報道に対する姿勢である。まるで反省が見えない。私のような朝日捏造新聞購読者が、どれだけ迷惑を被っているか。

「ほら、あそこのご主人、朝日新聞なんて読んでらっしゃるのよ」「あら、いやだ。じゃあ、あのパヨクとかいう変な人なの? 太鼓を叩きだしたらどうしましょ」

私としては、反省の姿勢を少しでも見せて欲しいのだ。朝日新聞阪神支局襲撃事件を繰り返し報道するなら、慰安婦捏造も繰り返し報道して詫びろと言いたい。例えば、毎日、新聞の一面に「捏造してごめんなさい」と広告を出し続けろ。そして、慰安婦の捏造記事に対しての特集は、定期的にやれと言いたい。さらには、例え社説とは言え、慰安婦問題に対して偉そうに書くなと言いたいのだ。

捏造した新聞社という負い目を常に持ち続け、日本の皆さんにいつも心の中で頭を下げ、ジャマにならないように道の端っこをコソコソ歩き、犬のフンは必ず拾って世の中をキレイにする。それが日本を貶め、今なお日本に不利益をもたらしている朝日新聞の取るべき姿勢なのだ。

朝日新聞で、ごめんなさい」

さあ、言ってみろ。