だれかが松葉杖で扉をたたく

結構、嘘つきである。

本当に田舎では車なしでは生活できないのか? そして、便利のために他者を危険にさらす人たち。

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異常も日々続くと日常になる。

アクセルとブレーキを踏み間違えての事故は、今や日常茶飯事である。誰も驚かない。今日もテレビでやっていた。

「まあ、お年寄りに車に乗るなとは、なかなか言えないわけですよ。足が不自由な場合や、特に田舎では、車なしでは生活できませんからね」などとコメンテーターが言っていて、私もフンフンと安易に頷いたのである。

そこで私のアンテナがビンビンに反応した。ん、待てよ。ビンビンはちょっと卑猥か。言い換えよう。私のアンテナが勢いよく勃起した。いや、それはもっと卑猥だな。

まあ、細かい表現などどうでもいい。

私の「常識を疑え」検知アンテナが、警戒信号を発したのだ。コメンテーターなどテレビ芸人としても最下層のクラスではないか。そんな連中の言うことなど、ほいほい信じていいのか?

私は、自分の婆さんのことを思い出した。

私の婆さんは、もう、とっくの昔に死んだのだが、地方のど田舎に住んでいて、足腰も悪く、だが免許は持っていなくて、椅子に変身する手押し車を使っていた。たまに帰郷して散歩に付き合うと、100メートル進むのに10分かかるのである。

それでも「車がなければ生活していけない」ことなどなく、95歳までしっかりと生きたのだ。死因は、「車がなくて生活できなかった」ではないのだ。ただの、老衰である。

コメンテーターに問いたい。

本当に田舎では車がないと生活できないのか?

もしそうなら、免許を持っていない人は死ぬしかないのか? 本当は、車なしで生活している人も大勢いるのではないか?

子供は純粋だの、犬好きに悪い人はいないだの、あんこは粒あんに限るだの、ハゲはオナニーのしすぎだの、何を根拠に言っているのかと私は問いたいのだ。適当にそれらしいことを言って人心を迷わすなど言語道断である。私のハゲは、決してオナニーのしすぎではないのであります。

そもそも車に乗らないと生活できないような老人は、正直言って健康体とは言えないのではないか。視力、体力、反射神経、判断力。すべての面で劣っていることは明白である。

そして、車は言うまでもなく、凶器になり得る道具なのだ。車を使えば、満足に歩けない老人だって、簡単に何人もの人を殺すことができるのだ。

かつて僧衣を着て車を運転した坊さんが警察に検挙された事件があった。頭の足りない僧侶たちが抗議のために僧衣を着て縄跳びをしたりして、はしゃいでいたのだが、私はバカかと唾棄した。

僧衣を着て縄跳びをして万一引っかかっても、ただ、転ぶだけである。だが、車を運転中に引っかかったら、事故につながる危険性があるのだ。僧侶のくせに、万一という発想がないとは嘆かわしいにもほどがある。

万一だから自分にも起こりえると考えるのが賢者であり、万一だから自分には起こらないと考えるのが愚者である。車に乗る場合は、常に万一に備える必要があるのだ。

満足にカラダを動かせないなら、もう、車には乗らないほうがいい。車に乗れば移動はラクだろうが、誰かが死ぬ可能性もあるのだ。死なせてからでは遅いのだ。

少なくとも私は、老人の便利のために殺されるのは嫌である。