だれかが松葉杖で扉をたたく

結構、嘘つきである。

えーっ、「士農工商」じゃなかったのか!? 長谷川豊さんのブログをきっかけにして知った驚愕の事実。

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ご存知か? 長谷川豊さんという人がいる。

ちょっと困った人だ。いや、大いに困った人と言っても過言ではない。元アナウンサーのくせに言葉の使い方が乱暴な人である。そのためによく炎上したり叩かれたりする人だ。

一番有名なのは、「自業自得の人工透析患者なんて、全員実費負担にさせよ! 無理だと泣くならそのまま殺せ! 今のシステムは日本を亡ぼすだけだ!!」だろう。

かなり過激な人なのである。

2017年、政治家を目指し、日本維新の会から千葉一区で出馬するも最下位で落選。その後、講演会での差別発言が問題となり、日本維新の会は公認を停止。2019年6月10日に長谷川豊さんは公認を辞退した。

で、長谷川豊さん、政治をやめるそうだ。こんなことを語っている。

「問題とされた(被差別部落への)発言は、何カ所も “切り貼り” 編集された悪意あるものでした。 訓練されたアナウンサーが、選挙前にあんなことは言いません。ただ、軽率に繊細な話題を口にしてしまった反省があります。私もアナウンサー時代には 政治家を追いつめていたわけで、因果応報ですね。『これで最後』と家族と約束していたので、 もう政治はやりません。経営している会社の業績が順調なので、経済面は大丈夫。じつはいま、いくつかの 大企業から支店長クラスなど好条件でお誘いを受けており、心が揺らいでいます。 ただ、しばらくはゆっくりします」

まあ、いろいろ首をひねる箇所はある。「業績が順調」や「大企業からのお誘い」は言う必要はない。例え事実であってもグッとこらえるのが正解である。「なんや、こいつ、よっぽど困ってるんやな。見栄張ってからに」と思われるだけなのだ。ここは、「いやあ、大変ですわ。なんか仕事あったら何でも言うてください」と言っておくのが正解である。

それと「もう政治はやりません」という言葉にも首をひねった。当選したことがない、つまり政治をやったことはないのであり、正確には「もう立候補はしません」となるのではないか。まあ、細かいことはどうでもいい。そんなことを気にするから頭がはげる。

さて、この人が公認を辞退した一番のきっかけは被差別部落への差別発言なのだが、これは正直、発言する意図がわからなかった。まさに火中の栗を拾うという状況である。

簡単に説明しよう。

「昔の日本は男尊女卑がひどかった。女の方が身分が低いから三歩さがって歩いてこいと言われていた。だが、本来は三歩じゃなくて三尺だった。これ、侍が暴漢に襲われた時に、家族を守るために三尺離れていろという意味だったんです」

という内容なのだが、なぜか長谷川さん、その暴漢の例えに「部落」を出してしまう。

「江戸時代は、実際はかなり治安が悪かった。士農工商、その下にエタ非人というのがあった。許してはいけない差別の歴史ですよね。ですが、そういう人たちにも性欲もあるし、その中の一部は犯罪集団になったかも知れない」

なぜ、普通に「野盗や山賊」と言わなかったのか。なぜ、わざわざ部落の話を出したのか。彼は「もちろんそういう被差別対象にあった人たちだけが犯罪集団というわけではなくて」と言っているのだが、だったら言うべきではないのだ。

確かに、私が最初に知った彼の差別発言は捏造に近いものだと思う。「士農工商の下に、人間以下の存在がいる。当然、乱暴なども働く。プロなんだから、犯罪の」というのは、悪意ある切り取りだ。これだけ読めば、100%差別発言である。おそらく、日本維新の会が嫌いな誰かが発信したのだろう。

だが、長谷川さんの発言には必然性がないのだ。部落と犯罪の密接な関係が明らかになっているのならともかく、そんなデータもないのに、あんなことを言ってしまうと、少なくとも「誘導している」ととられても仕方がない。完全に不用意だったと思う。

ちなみに、長谷川さんの立候補断念のブログ記事を読んで「えっ」と思ったことがある。こんなことが書かれていた。

「実は日本ではその(部落の)歴史自体が、なかったのではないか、と。その認識は間違っていたのではないか、と。最新の歴史の教科書では、実はそんな歴史認識自体が間違っていた、というのが最新の学説となっており、子供たちの教科書から、その差別の歴史の記述自体が無くなっているのです」

「えーっ!?」と私はびっくらこいた。ここだけ読むと、実は、エタ・非人という階級はなかったと早合点してしまうのだ。

調べてみると、彼のその記述は正確ではなく、実際は研究が進んでより正確に記述されるようになったとのことだ。そもそも「士農工商」という身分制度もなかったらしい。

「えーっ!?」である。びっくらこくどころではない。びっくらこいてウンコまで漏らすほどの驚きである。私が小学校で習ったあの知識を、どうしてくれるんですかーっと問い詰めたいのである。

実際には、江戸時代の主要な身分は「武士・百姓・町人」という3つなんだそうだ。

例えば大工や医者でも村に住んでいれば「百姓」、城下町に住んでいれば「町人」だった。私が教えられた士農工商のような身分の上下もなかったらしい。それは、エタ・非人も同様で、一番下の身分ではなく武士の支配下にあったのだという。もちろん差別はあり、「河原者」や「非人」が差別されていたと記述する教科書が多いらしい。

百姓からは年貢を搾り取るけど、とりあえず武士のすぐ下に置いて満足させる。商人は金を稼いでいるけど一番下において分をわきまえさせる。私はその説明を先生から聞いて、「徳川幕府は、なんとずる賢い奴やったんや」と思ったのである。くそ、嘘やったんかいな。感心して損をした。

2002年に部落に関する国の特別対策は終結したとのことで、いや、それもまったく知らなかった。

私が嫌いな共産党は2018年の「赤旗」で、「いまもなお同じような差別をうけつづけている」という記述がある教科書を取り上げ、「今も差別されているかのような記述は、差別を助長するものだ。2002年に国の特別対策が終結したことすら書かれていない」と訴えている。まあ、共産党の言うことではあるが、0.0001理くらいはあるかも知れない。

えーと、そうだ、長谷川豊さんの話だった。

あれほど暴言が目立つ人でありながら、一部に応援する人がいて、公認辞退するさいも日本維新の会からは「迷惑かけやがって。もう、公認なんかするかいっ」というような扱いではなかったようだ。おそらく直接知る人にとっては、なにがしかの魅力がある人だったのだろう。

惜しむらくは、その魅力以上に「暴言」や「極言」が目立ってしまい反感を買ってしまったことだろう。

まったく言葉というものはむずかしい。