だれかが松葉杖で扉をたたく

結構、嘘つきである。

何を自分に酔っているのか!? 津田大介氏「希望になると考えたが劇薬だった」の発言に思わず失笑してヨダレが垂れる。

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タブーに挑戦するのはいいんですよ。ただ、嘘から生まれたタブーに挑戦しても意味はない。

韓国人慰安婦は、十分な対価を得ていた売春婦である。強制連行もされてない。軍票による支払いだったために、日本の敗戦後、彼女たちの軍票は紙切れになった。それは、確かに気の毒である。日本政府が補償するのは当然である。

だが、捏造・プロパガンダと判明している「慰安婦像」またの名を「少女像」、しかしてその実態は「嘘つき戦時売春婦像」を展示して「表現の不自由」を語ること自体、トンチンカンであり、卑怯でもある。そもそもあれは、米軍の車両にひかれて亡くなった2人の少女像の使い回しと言うではないか。バカバカしい。

最近では、韓国人は「平和の象徴」などと言っているようだが、彼らには卑怯や恥の概念がないから仕方がない。だが、とりあえず日本名である津田大介を名乗る人が、こんなバカな展示物を出してどうする、と言いたい。炎上目的と言われても仕方がない。

「表現の不自由展」に展示された量産型慰安婦像を見た人は、右寄りの人は当然「なにをしとんじゃー」となるし、左寄りの人は「不自由だ抑圧だ」と言い立てる。金粉をまぶしたウンコを見て、「ほらやっぱりウンコなんだ。くさいくさい」と言いつのるのと同じである。いや、ちょっと違うか。

「表現の不自由」というテーマの掘り下げが浅すぎるのである。こんなことをやっても、印象に残るのはリベラルのズルさだけだ。しかも、投入されているのは税金である。公共性という視点から考えても、この展示会はアウトだ。

慰安婦像に対して「表現の不自由」を語るなら、むしろ「あれは嘘つき売春婦像だ」という表現も取り上げるべきである。そんなことを言えば「このレイシストがっ」とリベラルたちからバッシングされるのが実情である。橋下氏を見ろ。「慰安婦は当時の必要悪」と言っただけで、全世界の人たちから叩かれた。

従って、「表現の不自由展」であるならば、「慰安婦像」と「嘘つき売春婦像」の二つの作品を並べておくのが、正しいやり方である。慰安婦像だけを展示するのは、これはフェアではない。叩かれても仕方がないのだ。

ちなみに「嘘つき売春婦像」のモデルは、元慰安婦を名乗るイ・ヨンスでいいのではないか。彼女のくるくると変わる証言を3D吹き出しで空中に出現させ、その都度、彼女が舌をペロリと出してほくそ笑むのである。

「表現の不自由展」での他の展示物として、天皇陛下の写真を焼くという映像があったそうだが、これは、私は、非常に不快ではあるが認める。今どき天皇陛下を反権力の象徴として捉えるのは意味がないと思うが、やはり日本の象徴である。テーマに選ぶアーティストがいても仕方がない。捏造が元となる慰安婦像と違って、天皇というアンタッチャブルな存在に対して不敬な表現をするというのは「表現として有り」だと思う。

だが、相当の覚悟を持って才能に優れた日本人アーティストがやるならいいのだが、韓国人みたいな人が思いつきでやったのなら許されるものではない。まあ、誰が作ったのか知らないし、見てないから評価自体は保留である。

ちなみに特攻隊の寄せ書きを使った作品に「間抜けな日本人の墓」とタイトルを付けていたそうだが、これは、「アートの名を借りたヘイト」であって、そういう展示会に回せばいいと思う。まるで小学生。実に稚拙で卑怯、まさに韓国人みたいな人の発想である。

津田大介氏は「電話で文化を潰す悪しき事例を作ってしまった」と語っているそうだが、私はちょっと笑ってしまった。あまりにリベラルにすぎる発言である。自己陶酔しすぎだ。これは、「電話で潰される程度の底の浅い事例を作ってしまった」というのが正しい表現だ。

覚悟がちょっと足りなかったね。