だれかが松葉杖で扉をたたく

結構、嘘つきである。

だから言ったでしょうが~っ。Twitterでは、勘違いに気を付けるんやでと。新村老人、河野太郎に一瞬で敗れ去るも、首の皮一枚で生き残って頭部がぶらんぶらん揺れている。

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SNSをやっている人は、河野太郎には気をつけたまえ。

前に、一人の女性がTwitterでえらく恥をかかされていた。いや、まあ、彼女のTweetは、河野太郎が女性ばかりの会議に間違えて出席したと勘違いし、それを笑いものにするような内容だった。従って、勝手に恥をかいたという状況で、いわば自業自得なのであるが。

今回の犠牲者は、新村というTwitterのプロフィール写真を見る限りは老人である。そして、ハゲである。その点は親しみを持てる。もしかすると宗教関係者だろうか。

8月にTwitterをはじめたばかりのようで、いきなりの交通事故である。10トンダンプに体当りしたような大事故だ。本当にTwitter初心者だとしたら、いくらなんでも無謀すぎだ。

河野太郎と韓国の外相が握手をする写真とともに、こんな一文をTweetしたのである。

▼又々、小泉・安倍政権/鮮匪の「おぞましさ」を露呈した。21日、河野太郎が韓国の康京和外相と「握手」を交わした。河野の握手/右手?には「金時計」がこれみよがしにひけらかされていた。「恥を知れ!」お前達はどうしてこうまで「金権」をひけらかすのだ。日本民族は「慎ましさ」が矜持なのだ。

やたらカギ括弧が多くて読みにくいのだが、早い話が「河野太郎は金無垢の腕時計を付けて、これ見よがしに韓国の外相と握手をした。恥を知れ」という内容である。

添えられた写真を見ると、確かに金時計らしきものを付けている。だが、ちょっと違和感がある。金時計に特有の存在感がない。

すぐに河野太郎が反応した。

「竹製ですが、何か」

フィリピンのマニラで行われたASEAN50周年式典で記念品としてもらった時計らしい。文字盤からベルトまで竹製なのである。

先程感じた違和感は、竹素材だったからなのだ。まあ、まさか竹製の腕時計をはめてるなどとは誰も思わないだろう。間違えても仕方がないのだ。

だが、あなた。

前出の女性もそうなのだが、相手を上から目線で非難すると、その一文が辛辣であればあるほど、大仰であればあるほど、勘違いだとわかった瞬間に第三者にはひどく滑稽に見えてしまうのだ。おそらく「あれ!? 河野さんの腕時計、金無垢なのかな? やっぱりお金持ちなんだね」というTweetなら、さほど炎上はしなかったと思う。

しかし、あのTweetじゃあなあ……。

日本民族は、慎ましさが矜持なのだ」などと言ってしまうと、これはもうオモチャにされても仕方がありません。正直、これほど見事な炎上は珍しいのである。10年に一度の傑作と言っても過言ではない。

さらに、この新村というご老人。炎上後の態度もなかなかいい。前出の女性が見苦しく言い訳をして、挙げ句に一時非公開にしたのと比べれば、かなりマシだ。今後とも、この調子で励んでいただきたい。

彼は、続いてこんなTweetを発信した。

▼太郎、「恥の上塗り」はやめろ。金時計でなく「金時計もどき/竹製」だったとか! どこで、いくらで買ったんだ。その会社の「広告塔」をいくらで引き受けたんだ。日本民族には「礼節」がある。握手する手は、素手/清潔・清廉で、余分な物は身に着けないのだ。「奇を衒ってなんとする馬鹿者め!」

いや、買ったんじゃなくてASEAN50周年式典で記念品してもらったと河野太郎も書いてるでしょ、と突っ込みたいのだが、Twitterの初心者ということもあり、そこまで気が回らないのだろう。今後は、ご注意いただきたい。

しかし、つくづくSNSは怖い。私の場合は、ブログならなんとか続けられるのだが、あのように次から次に読者の反応があるメディアなど、とても怖くて挑戦できない。

私など、「最近文章のキレが悪いですねえ。お歳のせいですかねえ」などと若い担当者に言われただけで怒りに震え、恨みつらみの感情を抑えきれずに、その日のうちに丑の刻まいりに出かけるのである。Twitterなどやった日には、五寸釘がいくらあっても足りないのだ。