だれかが松葉杖で扉をたたく

結構、嘘つきである。

映画三部作の傑作に、「バットマンシリーズ」を格上げ。ダークナイトライジングの評価を6から8に上げる。

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あなたね、映画で三部作と言ったらジェイソン・ボーンとバック・トゥ・ザフューチャーに決まってるでしょうが~。

この二つのシリーズは、脳天気で無神経なアメリカにしては驚くほどよくできた映画で、私もDVDを購入して何度も見返している。エイリアンシリーズもターミネーターシリーズも出来のいいのは2までで、3で路面に突き出た小石につまずいて転倒したのである。今も転倒したまま這いずり回っている状態で、情けないにもほどがある。どうせまた新作が出るのだろう。

そして、バットマンビギンズからはじまる三部作なのだが、実は私は映画館で見た際には「やっぱり3作目でこけたか」とがっかりしたのだ。

私はバットマンビギンズのオリジナルポスターを大枚はたいて購入するほど好きで、2作目の「ダークナイト」で大傑作!と驚喜。おそらく期待値が高すぎたのだろう。「ダークナイトライジング」は、見終わった瞬間にウーンと唸り、それが引き金となって腹痛が起こってトイレに駆け込んだ。敵役のベインがまるでマッドマックスのキャラクターであり、ジョーカーに比べるとあまりにチープに思えたのだ。

残念! 10点満点で6点。

で、ついこの間、7年振りに三部作を見返してみて、私は前言を撤回した。7年もたてば、人間の主観などがらりと変わるのである。

すばらしい! 10点満点で8点。

ダークナイトライジング」も傑作だと認定して、ジェイソン・ボーン、バック・トゥ・ザ・フューチャーと並ぶ三部作として、バットマンも格上げされたのである。

私に格上げされたって誰も喜ばないと思うが、とりあえずおめでとう!

なぜ、「ダークナイトライジング」をイマイチだと感じたのかというと、ベインの造形という表層的な要因は別として、おそらく私としては「バットマンは最後死ぬべきだった」という願望があったからだと思う。そして、制作者にもその誘惑があったのではないか。

中性子爆弾を自らの命をかけて海上まで運ぶという行為は、ラストにふさわしい犠牲的精神だ。これ以上の結末はないのである。

アルマゲドン」で最後自分の命をかけて地球を救ったブルース・ウィリスが「実は生きていた」という結末だったら、あなたはどう思うか。ブルース・ウィリスの生還に驚く娘や娘婿に、「いや、宇宙人が助けてくれたんや」と照れくさそうにハゲ頭をかいたら、あなたは激怒すると思う。

「きちんと死んどけや~っ」と叫ぶに違いない。

映画の一番大きな伏線(というかミスリード)は、「自動操縦装置は故障している」という説明であり、最後はバットマン自らキャットウーマンにも念押ししている。

これは、いくらなんでもくどすぎである。「自動操縦は故障しているのさ。だから自分で操縦するしかない。つまりおれは死んでしまうのさ、ベイビー」と言っているわけで、お前に美学はないのかと問いたい。

ヒーローは、そういうことを告げずに去るからヒーローなのである。あとで「えっ、死を覚悟していたの!?」とみんなに泣かれるからヒーローになることができるのだ。

ところが、あなた。

ラストの複線の回収で、自動操縦はバットマン(ブルース・ウェイン)の指示により直っていたことが判明する。そして、ブルース・ウェインが破産・死亡したことで売却されるはずの母親の形見である発信器付きネックレスがなぜか紛失。さらに、ブレイク(ロビン)には、バットマンの基地を示す座標が移譲される。バットマンの座を譲る気満々なわけである。

もう、こうなるとバットマンは生きているに決まってるわけです。私、映画を見ながら「あ~あ、これ、生きとるがな」と本当にかっかりしました。

で、問題になるのは、いつバットマンが自動操縦に切り換えてザ・バットから降りたのかという点である。

海上か?

いやいや、モノはプラスチック爆弾じゃない。強力な中性子爆弾ですよ。爆心地に近ければ、これは死ぬに違いない。

だとすれば、海に出る前に機から降りたという可能性が一番高いのではないか。どうせ自動運転できるのなら、早めにセットした方が確実である。バットマンだって、海水に濡れるのはいやだろう。

キャットウーマンやゴードン市警本部長が「ああ、彼こそヒーローだ」と感動しているそのすぐ裏手の路地で、いそいそとザ・バットから降り、「へへへ、これでみんな騙されよるで」とほくそ笑むバットマンの顔は、まさにジョーカーよりも醜いのではないか。

まあ、中性子爆弾というのは、通常の核爆発と違って、水が遮蔽物になるのだそうだ。もしかすると海中に深く潜れる装備を準備し危機を脱したと考えれば、仮に自動操縦が故障していたとしても、彼が生き残る可能性はゼロではない。

まあ、生きててもいいや。

私が今回「ダークナイトライジング」を見返してそう思ったのは、ラストで見ることのできたゴードン市警本部長が自分が壊したはずのサーチライトがいつの間にか直されているのを知った時の笑顔、そしてなにより、執事のアルフレッドがフィレンツェキャットウーマンと席を共にするブルースと邂逅し、軽く会釈をした後、「こうしてはいられない」とばかりにいそいそと席を立つシーンを見たからだ。

発信器付きのネックレスを通じてブルースが生きていることを知ったのだろうが、その時のアルフレッドの顔も見たかったものだ。自分が全面的に味方になってやらなかったことで、ブルースが死んだと思い込んでいたのだ。さぞ、歓喜したことだろう。

ブルースが死んだままでは、アルフレッドがあまりに可哀想すぎるではないか。劇場で見てから7年分歳をとり、確実に老人の域に達した私は、その一点で、バットマンが生きていたことに賛成したい。