だれかが松葉杖で扉をたたく

結構、嘘つきである。

糞インドネシアの糞ジョコウィ大統領「あかん。感染者おらへん言うてんのに増えてきてもたがな。隠してたんバレてまうがな。そや、日本人から感染したと発表したろ。そしたら怒りの矛先はワシや政府よりも日本人に行くやろし、中国も喜んでくれるやろ。へへへへへっ」

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いやあ、ひどい大統領もいるものである。

私は、韓国のムン大統領が近隣諸国では一番無能だと思っているのだが、それよりも上がいた。いや、無能と言うよりも卑怯。人間のくず。ゴミ。塵芥。アスファルトの上にひねり出されて太陽の光に晒されて乾燥しさらに風に飛ばされてそれでもしつこくへばりついている犬のフンと言ったところだろうか。実に、薄汚い。

インドネシアでは長く「うちにはコロナウイルスの感染者はいてまへん」と発表していたのだが、3月2日初めての感染者が出たことを発表。それがインドネシア初の感染者の感染源が日本人」というものだった。

それをきっかけに差別やハラスメントが頻発。

「レストランで『日本人は出ていけ!』といわれた」

「スーパーマーケットで日本人とわかると『コロナを持ち込むな!』と怒鳴られた」

「配車サービスを利用したら乗車拒否にあった」

「スポーツクラブで日本人は離れた場所でランニングするよういわれた、中国人は許されていたのに……」

「日本人スタッフはマスクを着用させるべきとインドネシア人スタッフが詰め寄った」などなど。

おい、こら。インドネシア。お前らインドネシアのくせに(以下、過激なヘイト発言のため3,258文字削除)

仮に日本人から感染したのが事実だとしても、こんな言動は許せるはずはない。そもそも新型コロナウイルスは、中国武漢が発祥ではないか。習近平が最初の段階でしっかりと対処していたら、こんな危機的状況にはならなかったのだ。なんじゃい、あの病院の廊下にぎっしりと詰まった来院者の群れは。あれで爆発的感染が起こったのである。世界に蔓延させる気満々だったのだ。

ちなみにインドネシアは、中国べったりの国である。有名な高速鉄道の件でも、まず日本に発注し調査と施工計画を立てさせ、実作業は「いやあ、中国の方が安いんですわ。これまでご苦労さん。調査結果と施工計画は、そのまま中国に渡しまっさかい」と手のひらを返した国である。さらに、中国の工事が欠陥だらけとわかると「すんまへん。他の案件をお願いしますから、尻拭いを頼んまっさ」と日本に再びお願いしてきたのである。この恥知らずがっ。

いや、もうね、日本政府は、こんな国を相手にしてはいけません。韓国と同様、無視すべきである。「インドネシア? さあ、あて、存じまへんなあ。ああ、もしかしたらブラジルの横にある国どしたかなあ」くらいの対応でいいのだ。

さて、話を元に戻す。

3月13日、糞インドネシア最大の英字紙「ジャカルタ・ポスト」の電子版で、糞ジョコウィ大統領がこう語ったのだ。

「これまで新型肺炎に関する明白な情報を、あえて、開示してこなかった。それは国民をパニックにさせたくなかったからだ」

それは、つまり、以前から感染者はいた。そして、日本人から初の感染者が出たというのがフェイクニュースであったということを示唆している。非常に腹立たしい。思わず小一時間怒りまくったのである。

このクソボケが~っ。パニックにさせたくないからといって、なんで、日本人をスケープゴートにするんじゃーっ。ただ、黙っといたらええことやろがーっ。お前の金玉すりこぎですりつぶして、ゴマと醤油を混ぜてつくねにして食わせたるぞっ。

上から下まで中国べったり、中国人がたくさん入り込んでいる国なのだから、感染源は中国人に決まってるでしょうが~っ。いや、それはわからないのだが、心情的に私はそう断言するのである。

4月1日現在でインドネシアの感染者は1,528人、亡くなったのは6人である。いーや、と私は首を振るのだ。人口2億6,766万人。アメリカに次いで世界第4位の国である。さらに発展途上国であり、医療システムが貧弱。そして何よりも中国とも極めて行き来が多い。

はっきり言って、100倍の感染者と死者がいても不思議ではないのだ。これもすべて感染者を隠蔽していた糞ジョコウィ大統領の責任である。糞して死ね、と切に願う。

 

 

死を側に、孤独を友に生きて行く(盗作)

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テレビで志村けんが死んだとか言っていて、一瞬、あたりが真空状態になった。

耳がキーンとなって、呼吸ができなくなった。このままでは自分も死んでしまう、と「臨・兵・闘・者・皆・陣・列・在・前」と呪文を唱え、一命をとりとめたのである。超高血圧だから、死は、身近な存在なのだ。おまけに頻尿である。

まあ、そもそもこの年齢になると、知り合いや親戚がよく死ぬ。少し前にも死んだ。不思議なことではない。年寄りには当たり前のことである。誰かが死ぬのが日常になるのだ。

「異常も日々続くと日常になる」、コピーライターとしては糸井重里さんより優秀だった中畑貴志さんが書いたコピーである。まさにその通りだ。「あれ? 最近誰も死んでないな」と死んでない方が不思議に思えてくるのである。

この間死んだのは、会社勤めをしていた頃の同僚で、私よりも文章力がありセンスも良かった。もう、何十年も会っていなかったのだが、死んだという連絡だけは入った。そう言えば、その少し前には昔一緒に仕事をしていた絵描きが死んだ。

ま、誰でもいつかは死ぬ。

死ぬのはいいのだが、「◯◯さん、死んだらしいよ」とまったく付き合いのなかった人の死まで情報が入るというのはあまり好きではない。知り合いの死に心が乱れるからではない。

つい、自分が死んだ時のことまで想像してしまうからだ。

「あのおっさん、死んだってさ」

「え、ホンマかいな。死因は?」

天神橋筋商店街で、雨に濡れた路面ですべってころんで頭打って死にはった」

「えーっ、なんと地味な死に方や。『わし、死ぬ時はヤクザと政治家と坊主を100人くらい道連れにして死んでやるのであります』とか、よう言うてはったのに。そう言うたら、あの人、ハゲになったあたりから精彩がなくなってたんちゃうか」

「あんなブサイクな顔して、意外とナルシストやったからなあ」

そんな会話を想像し、思わず「失礼でしょうが~っ」と叫んでしまうのである。おちおち死んでもいられない。こうなったら、知り合いが全員死ぬまで生き続ける覚悟である。

しょっちゅう誰かが死ぬもんだから、知り合いとの電話では「次は、誰だろうな」という会話になる。不謹慎だが、これが結構面白い。

「只野さんではないか?」と私は、挨拶もろくにしない態度の大きいオッサンの名前を口にする。

独善的な男で、「ローマ字打ちの方がカナ打ちよりも速く打てる」と言って聞かなかった男だ。初心者にはローマ字打ちの方が覚えるキーが少なくて早く覚えられる、というのをどこかで読んで勘違いしているのだ。ツーストロークのローマ字打ちよりも、ワンストロークのカナ打ちの方が速いに決まっているではないか。競争したら私の方が圧倒的に速かったのだが、それでも「今日は調子が悪い」と認めなかった。

「いや、憎まれっ子世にはばかると言うで。ああいう嫌われ者は、長生きするんちゃうか」

「そう言えば、善人は早死すると『銀河英雄伝説』でも言ってたな。その言葉の通り、ジークフリード・キルヒアイスは早死にしてしまった。我々の知り合いの中で、一番の善人は誰だ?」

「ボランティアをやってる高山くんとちゃうか? 昔から点字の翻訳とかやってるし。階段の前で困ってる婆さんをおぶって上っていくの見たことあるわ。そういうたら、子供が東大らしいで」

「なにっ。善人の上に子供が東大となっ。それはけしからん。よし、次に死ぬのは高山くんに決定だ」

などと馬鹿な話をして「じゃあ、また」と電話を切る。こういう馬鹿な話のネタにならないためにも、誰よりも長生きする必要があるのだ。

「善人じゃダメなんだ、早死にしてしまう」と呟きながら、善人にならないためにはどうすればいいのかを考える。ふだんは善人だから、いざ考えてみると結構むずかしい。

「よしっ」

私は、今日やることのリストに「帰り道に誰も見ていない場所でこっそり立小便する」「駅前に置いてある自転車に当たったふりをして倒す」「商店街でもらったチラシをカバンに入れる演技をしながらポイ捨てする」と書き加えた。

長生きするのも、結構大変なのだ。

 

パンデミックでオーバーシュートしてロックダウン。さすがはアウフヘーベン小池都知事である。

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以前、小池都知事の言葉を聞いて首をかしげたことがある。

「ここでまた『アウフヘーベン』という言葉を使っちゃうと、何か思い出されるかもしれませんけれども、国民のニーズというのは、メディアの方々がひかれたレールの延長線上にはないように思います」

いやいやいや、なーんにも思い出さないのだ。アウフヘーベンという言葉は、その時はじめて聞いた。それ以来、私の中ではブーメラン蓮舫、セメントいて辻元清美に並んで、アウフヘーベン小池都知事となったのである。

これを読んでいる方の中にも、アウフヘーベンという言葉を知っている人はいないはずだ。そんな頭のいい人が、私のブログなど読んでいるはずがないのである。

知らない人のために説明しておくと、「アウフヘーベン」とは、矛盾する2つの要素が混じり合うことで、さらに高度な意味を持つということらしい。例えば、熱いたこ焼きと冷たいハーゲンダッツが混じり合って、ハーゲンダッツたこ焼き味になるようなものだ。ちょっと違うかも知れないが、たぶん70%くらいは合っていると思う。

で、そのアウフヘーベン小池都知事が、コロナウイルスの感染者拡大を受けて、「何もしなければロックダウン」と言い出した。

いやいやいや、アウフヘーベン小池都知事。こういうきつい言葉を使うのは危険である。すぐにひとり歩きするのだ。「オリンピックの中止はあり得ない」という言葉によって、どれだけ日本が世界から悪評を得たかもう忘れたのか。

都知事の会見後、さっそく東京では「アカン、首都封鎖や」と広まってスーパーではあっと言う間にインスタント食品がなくなったのだ。

なぜひと言、「心配はいりまへんで。供給は止まりません。それに東京には食料の備蓄は十分にありまんがな。アメリカやヨーロッパの民度の低い国みたいに買い占める必要はありまへん。カップヌードルトムヤムクンも山盛りでんがな。大丈夫でっせ」と言わなかったのか。

まあ、私が見たのは冒頭の10分ほどの発言だけで、その後の質疑応答は見ていない。質疑応答の中で、なにか安心させるような発言もあったのかもしれないが、まず冒頭にそうした発言があってしかるべきだと思う。

トイレットペーパーの買い占めを見てもわかるとおり、日本人の民度だってさほど高いものではないのだ。

同様に、オーバーシュートやロックダウンと聞いて意味が分からない人も大勢いるという現実を、しっかりと認識した上で言葉を発していただきたいのである。

アウフヘーベン小池都知事、わかったかね?