ちょっとねえ、あなた。
確かに本好きは「図書館」という言葉に弱い。図書館や古書店がタイトルについているだけで、「あ、面白そう」と判断しがちである。それは、確かにある。
例えば、「図書館戦争」だ。これは、なかなかシュールかつ刺激的なタイトルである。「図書館」とほぼ関係のない「戦争」を組み合わせた時点で、作品としての成功が見えていたと言っても過言ではない。
「図書館の死体」などはいかにもありがちなタイトルだが、それでも、つい興味を惹かれて購入してしまった。あの静謐な空間に死体があるというイメージは、実に魅力的だったのだ。まあ、田舎町の図書館であり、私が想像する図書館とはまるで違っていたのだが。
ちなみに「図書館の熟痴女」という漫画があって、どうやら巨乳で露出癖のある図書館司書が主人公らしいのだが、さすがに購入はしていない。買えば、私のチンコは立つかもしれないが、面目は立たないのだ。
確かに、「図書館」という言葉は魅力に満ちている。
だからと言って、あなた。
「図書館の魔女」というタイトルは、安易にもほどがあるのではないか!? 本好きを馬鹿にするなと言いたい。
図書館でその本を見つけて、「ふん」と私は鼻を鳴らした。図書館と付けていれば、本好きが寄ってくると考えているのだろう。もしかすると、「図書館の熟痴女」にヒントを得たのかもしれないぞ。安易かつ助平な作者だ。
借りるかどうか3分ほど迷ったのだが、まあ、図書館の本である。ハズレであることは読むまでもないが、金がかかるわけではなく、すぐに読むのをやめれば時間的損失も少なくてすむだろう。借りることにしたのだ。
いかにもラノベ的なタイトルで、司書のお姉さんに「いや、実は、子供に頼まれてね」と言い訳しそうになった。
高田大介という人の作品である。
読み始めてすぐに「あれ!?」と思った。キリヒトと呼ばれる山里に住む少年の描写ではじまるのだが、その書き込みが見事だったのだ。ラノベではなかったか!? 知的で細密で、しかも面白い。分厚い上巻をほぼ一日で読み終えた。
それぞれのキャラクターが立っている。普通の立ち方ではない。異常な立ち方である。キャラ勃ちと言っても過言ではないほどだ。もはや、勃起状態である。ハリウッド的な薄っぺらなキャラクターとは間逆であり、「ビンビンなんですけど」と女の子に言わせたいほどのキャラクターたちだ。
特に、「図書館の魔女」であるマツリカという少女が良い。
ちょっと長いが、彼女についての印象深い文章を引用してみよう。彼女には、所構わず居眠りしてしまう癖があるのだが、その理由を語る部分だ。
▼マツリカは一著をひもとけば、その書物が結びつくであろう数限りない書物を脳裏に参照して、巨大な書物同士の網の目を脳髄に刻み込んでいくのである。マツリカにとっては書物という書物は、必ず他の何らかの書物についての書物であり、本と本が言葉を交わし合い、言葉を共有し合い、言葉によって響き合う、その局面にしかほとんど関心はなかった。そしてマツリカはおそらく、彼女の前に次から次へと呼び寄せられ、次から次へと持ち去られていくありとあらゆる書物を、互いに言及を交わし合う言葉の総体へと撚り合わせていくために、言い換えれば自分の脳髄の中に緊密に管理された一つの巨大な「図書館」を形作っていくのに、彼女に特有の沈思としばしの自失と長い睡眠を必要とするのである。つまり彼女は読むのを中断し、心を虚空に飛ばせている時、あるいは眠っている時、その時にこそ誰よりも深く読んでいる。その無為の時間に書物と書物が結びつきあって一つの相対を形作っていく。彼女のなかに「図書館」があった。
これは、読書家の理想形である。究極の進化系と言っても過言ではない。特に最後の “彼女のなかに「図書館」があった” という一文が素晴らしい。読んだ途端ゾクゾクッとして、思わず鳥肌実に変身してしまったほどだ。
マツリカは耳は聞こえるが声を出せないという設定で、手話を使う。手話を解しない相手には、側近の者が通訳として声に出す。
そんな伝達手段がまどろっこしくて仕方がなく、マツリカは手話をもっと進化させた「指話」を体系的に作り出し、キリヒトと共有する。キリヒトの手のひらでマツリカが指を動かすと同時に、キリヒトが言葉に出していくのである。
この小説の基本的テーマは「ボーイ・ミーツ・ガール」なのだが、この指話の描写が、ドキドキ感を高める。美少女が自分の手のひらで指を動かすのである。その動きは言葉を紡ぎ出すのだが、他の誰にも知られることはない。
ああ、キリヒトになりたい、と私は強く願ったのである。
ちなみに後半部分では、そのキリヒトの大きな秘密が明かされる。私はとっくに気付いていたのだが、上巻のクライマックスとしてかなり楽しめた。その事実を知った二人のやりとりは、汚れてしまった私の心にも強く響いた。
早く下巻を借りなきゃな。
いや、これだけの作品、借りるのはいかがなものか。著者の高田大介先生には一円も入らないではないか。それは、読者として胸を張れないのである。お会いした時に「いやあ、図書館で借りて読んだんですが面白かったですよ」言うつもりなのか!?
やっぱり買うのだ。
そう決意し、私は、Amazonで「図書館の魔女」を検索し、「カートに入れる」をクリックしたのだった。
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