私は、断固として嘔吐反射である。徹底的な嘔吐反射と言っても過言ではない。缶コーヒー的に言うと、極める嘔吐反射である。
嘔吐反射とは口の中に物が入ってた際にオエッとなるやつで、歯科治療中になりやすい。治療が進まず困っている人も多いのだ。何より、人前で「オエッ」となるなど、非常に格好悪い。悪夢である。
私の嘔吐反射の最初の経験は、レントゲンを撮る際に、口の中に鉛の板を入れられた時である。随分と昔の話だ。
鉛を入れられた瞬間、オエッとなった。いや、正確に表記するとオエ~~~~ッ!!!である。何度やってもダメで、あやうく死にかけた。死んでいれば、歯科レントゲン殺人事件である。
どのような結果になったのかが記憶にない。おそらく忌まわしい記憶として消去してしまったのだろう。まあ、今はパノラマ撮影も小規模な撮影も、比較的負担は少なくなっているので、それほど心配する必要はない。
二度目の嘔吐反射は、ひどく悪質な親知らずを抜いたときである。横から生えてしかも歯茎の中に埋まっているという、悪意の固まりのような親知らずだった。
「これは、ちょっと大変ですねえ。麻酔のスプレーをやっときましょうか」などと言いながら、歯科医は喉の奥にスプレーを噴射した。その瞬間に、喉が膨れ上がったような感覚があって、特大のオエ~~~~ッが連続して起こった。10分は続いたのではないか。
言っておくが、私は痛みには強いタイプである。ドリルで虫歯を削られようが、間違えて歯茎を削られようが、決して手を上げない人間である。
だが、嘔吐反射だけは苦手なのだ。私の美意識は、嘔吐反射に苦しむ自分を認めることができないのだ。松田優作が、たかが歯医者の治療で「オエッ」となったりするか!? いーや、しないのである。
嘔吐反射は私の汚点であり、最大の弱点でもある。
もちろん、あらゆる方法を試してみた。お腹で呼吸することを意識するといい、と聞けば、お腹で呼吸をしてみた。「たんたんタヌキの金玉は~風もないのにブ~ラブラ」と頭のなかで歌っていればいいと聞けば、リフレインで歌い続けた。
だが、ダメなのだ。
最近の私の嘔吐反射対策法は、自分を変態だと思い込む方法である。
ご存知のように歯科医には女性の先生が多い。特に、歯石取りなどの仕事は女性であることがほとんどだ。それを利用するのである。
私は、倒された椅子の上で、懸命に自分に言い聞かせる。
よーし、私は若い女性に口の中をいじられるのが大好きな変態男である。いじられればいじられるほど興奮するのだ。特に、口内にたまった水分を吸い取る器具は大好きだ。舌の裏側に器具の先端を突っ込まれ、ズズズッと音を立てる。ああ、もっと喉の奥まで突っ込んでくれ。よーし、いいぞいいぞ。
「大丈夫ですか?」と先生が言う。
私は、口を半開きにしたまま「はい」と言おうとして、オエ~ッと喉を鳴らした。