だれかが松葉杖で扉をたたく

結構、嘘つきである。

なぜトイレットペーパーを買い占めるのか。少なくともウォシュレットがある家は困らないだろうに。

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いやあ、びっくりした。

近所のドラッグストアに行くと、トイレットペーパーが売り切れていたのである。売り切れの張り紙を前にして、婆さんや爺さんが「やっぱり売り切れかいな。あっちの店に寄ってみよか」とぼやいていた。

「中国の工場が止まってトイレットペーパーが入手困難になる」「マスクと同じ原料を使っているからトイレットペーパーが品薄になっている」というデマが流れたらしいのだが、まさかうちの近所にあんなデマを信じる人間がいるとは思わなかった。自慢するが、うちはそこそこ文教地区である。

そもそも温水洗浄便座を付けていれば、トイレットペーパーなど不要ではないか。

乾燥させる機能が付いてない場合でも、タオルやハンカチで拭けばいいのである。ウォシュレットで洗った尻の穴は、言うまでもなくピカピカなのだ。なめても全然平気である。なのに、なぜ買い占めてまでトイレットペーパーで拭かなくてはならないのか。馬鹿じゃないのか。

思うにこれは、犬が糞をしたあと後ろ足で砂をかけようとするのと同じ現象なのではないか。アスファルトの上では砂などないのである。だが、犬は後ろ足を使うのをやめない。見ていて滑稽である。

長い間ウンコは紙で拭くものだったために、頭の切り替えができていないのだ。「なに、トイレットペーパーがなくなるですとっ。大変だ。手でウンコを拭けとでも言うのか。いくら自分のうんことは言え、それは困る」とあわてるのだが、いやあなた、ウンコは温水で洗っているではないか。

調べてみると温水洗浄便座の普及率は2019年で8割を超えているのである。では、残り2割の人たちが買い占めに走っているのかというと、おそらくはそうではないだろう。ウォシュレットが付いている人も買い占めに走ったはずなのである。

「もしトイレットペーパーがなくなったら」という仮定に対して、どうすればいいかという答えを見つけようとしていないのだ。考えもせずに、ただうろたえているだけなのだろう。人間は考える葦であり、考えることをやめたら、それは人間ではないのだ。

婆さんが「トイレットペーパーはあらへんの?」と店員に聞いた。「売り切れですが明日は入りますよ」との返事に、悔しそうな表情を浮かべる。明日まで待てないのか。一晩でどれだけウンコをするつもりなんじゃい。こいつは、人間ではないのだと私は確信する。地底人は、とっとと地底へ帰れ、と私は思った。