だれかが松葉杖で扉をたたく

結構、嘘つきである。

ジョギングにおける危険な日々

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うちの近所に川がある。さほど川幅は広くないが、川床に遊歩道があり、100本ほどの桜並木もある。そろそろ桜も散り始め、ひらひらひらひらと今が一番美しい。

武漢ウイルスによる運動不足のせいか、平日の昼間から走っている人を見かけるようになった。在宅勤務なのだろう。

だが、その中の多くの人が、イヤホンをつけて走っているのである。私は、憤慨する。彼らは、走ることの危険性を、まったくわかっていない。

そう言えば、村上春樹が「走りながら聴く音楽はロックがいい」などと書いていた。何を馬鹿なことを言っておるのだ。そんなことを言ってるから、万年ノーベル文学賞候補なのだ。反省したまえ。

ランナーは、常に耳を澄ませて走るべきだ。

都会を走るランナーは、運転未熟者が乗る車、後ろから迫る暴走自転車、道を広がって歩く女子高生の存在に気を配らなくてはならない。特に、女子高生の群れに間違って突っ込んだりしたら、最悪である。

「チカンや」「尻、さわられた」「私は、乳、さわられた」「犯人の写メ撮ったで~」「よっしゃ、Twitterで拡散や」

人生、終わりなのだ。

田舎を走るランナーも油断はできない。気の立ったイノシシが太ももの動脈目がけて突進してくる。クマはその巨大な爪で顔面を剥ぎ取り、空中からはスズメバチが襲いかかってくるのである。

さらには、曲に合わせて鼻歌などを歌いつつ、クロスカントリー気分で田んぼを走ったりすると、肥だめに落ちて糞尿におぼれることになる。そんな死に方はゴメンだ。

このように走るという行為は、命がけなのだ。常に五感を働かせていなければならない。耳からの情報を遮断するのは、極めて危険。自殺行為である。

競技場だからといって油断はできない。いや、むしろ一番危険なのが競技場だと言っても過言ではない。

ボーッと走っていると、やり投げの槍が飛んできて突き刺さる。砲丸投げの鉄球が頭にぶつかって頭蓋骨陥没だ。槍やら鉄球やら、危険性は、戦国時代と変わらないのである。

競技場では、もっと怖ろしい事故がある。

全力疾走するウサイン・ボルトがぶつかってきたらどうなるか。全身打撲で死ぬのである。あの巨体で、あのスピードでぶつかられたら、手足がちぎれるのではないか。

ヘッドホンを付けていなければ、「危ないっ」「うしろうしろ、ウサインボルト!」という回りの人の声を聞き取ることができて、危機を避けられたのである。

音楽を聴いていたばっかりに、命を落とすのだ。

まあ、死因がウサイン・ボルトというのは、市民ランナーにとっては名誉なことなのかもしれないが。