だれかが松葉杖で扉をたたく

結構、嘘つきである。

年寄らしく回顧録など。字下手の元にワープロがやってきた日。

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ご存知か?

昔はあなた、鉛筆や万年筆で文字を書いていた。書き間違えたら消しゴムで消さなきゃいけないし、万年筆なら書き直しである。インクを消す砂消しゴムがあるが、必ず紙が破れるのだ。

私は子供の頃に書道を習っていて、自慢させていただくと極めて優秀だった。飛び級であっという間に3段まで昇段した。そして、毎年、どこかの美術展に張り出されて、それを見に家族ででかけたものである。

だが、どうしたことか今はまったく字が下手くそなのだ。そのへんにいる下手くそではなく、まれに見る下手くそ。小学校低学年の下手なガキにも劣るほどの下手くそである。

結局、才能がないのだろう。練習をやめた途端、字下手に戻ってしまうのだ。

それなのに私はコピーライターなどという文章を書く職業についてしまった。毎日毎日原稿用紙に向かう日々である。そして、提出するたびに「コピーはええねんけどな。字が下手やな」と言われ続けたのだ。なんという屈辱か。

当時は、原稿用紙に赤のダーマトを使い、キャッチフレーズをでかく書くのが流行っていたのだが、私がいくら書いても様にはならず、どう見ても幼稚園児の落書き。結局、赤のダーマト使いは断念したのである。字の上手い連中を、随分と恨んだものだ。「お前のコピーが選ばれたんは、字がうまいからだけじゃーッ」

だから、ワープロという新兵器が出たときには興奮しました。これで字が下手なのがバレなくてすむ。字下手のコンプレックスよ、さようなら。

さっそくNECの文豪とかいうワープロを購入し、すぐに実戦に投入したのである。

「ふん、いまだに手書きかね」などと隣の席のコピーライターを笑っておったわけです。「なんだ、訂正が入ったから、またいちから清書かね。ワープロだと訂正も簡単だし、あとはプリントアウトするだけだよ」

いやあ、ワープロの登場は、売文を生業としている人間には非常に大きなターニングポイントだった。尻の穴におけるウォシュレットの登場にも匹敵する出来事だったと言っても過言ではない。いやいや、チンコにおける薄さ0.01ミリのコンドームと同等の価値があるのではないか。

そして、今。

文章を書く道具は、ワープロからパソコン、そしてスマホへと進化した。そのあたりの変化は、本当に恐ろしいほどの速さである。私がワープロからパソコンに移行したのも、わずか2年ほどではなかったか。

こうした時代のワクワク感を私はいまだにはっきりと覚えていて、これは幸福なことだと言えるだろう。パソコンやスマホやゲーム機が当たり前にある時代に育てば、当然、そうしたワクワク感を感じることは少ないにちがいない。

もしワクワク感があるとしても、コンドームで例えるなら、薄さが0.04ミリから0.02ミリに変わった程度のワクワク感だろう。そんなものチンコには関係ないのだ。

音声入力は、私は自分の声が嫌いなので無理だった。そもそもしゃべるのが苦手であり、滑舌も悪く、私がマスターできるはずがないのだ。

あとワクワクするような技術があるとすれば、思考をそのまま文字にしてくれるような入力方法なのだが、これはさすがにすぐには無理だろう。だが、Googleあたりならやってくれるのではないかと、私は期待しているのである。