だれかが松葉杖で扉をたたく

結構、嘘つきである。

「麒麟がくる」終了。やっぱりストーリー的に駒と東庵と菊丸はいらんかったなあ。

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NHKの受信料は払っている。なぜ、テレビにもれなく受信料が付いてくるのか知らないが、非常に腹立たしい。おれは貧乏人だぞ。革命が起こったら、真っ先にNHKを潰しに行くから覚悟しておくがいい。

現在、私がNHKで見ているのは大河ドラマだけで、その「麒麟がくる」が終わってしまった。次の大河ドラマは見るかどうかわからないのだが、まあ、受信料がもったいないので見ることになるだろう。受信料を払っていながら何も見ないなどという選択肢は、私にはない。ケツの穴は狭いのだ。

さて、「麒麟がくる」である。

結末は、驚きの「明智光秀は生きていた!」というものだった。確かにそういう説はあるらしいのだが、まさか本当にその解釈でくるとは思わなかったのである。まあ、エルビス・プレスリーだって生きているらしいから、明智光秀が生きていても不思議ではない。

ラストシーンで、明智光秀は馬に乗って疾駆していた。本来ならこの場面は光秀の思い出を視聴者向けにリフレインしたものと捉えるのだが、駒が光秀らしき侍を見たシーンのあとだけに、「生きてまっせ」という暗示に思えるのだ。

結末の是非はともかくとして、大河ドラマとしては、そこそこ面白かった。少なくとも「江~姫たちの戦国  」よりは良かった。あれは、ひどかったなあ。

あと、何だったか、「江」よりもっとひどいのがあったが、もはやタイトルすら出てこないのである。それに比べると「麒麟がくる」は月とスッポン、クジラとイワシ駿河の富士と一里塚、英語で言えばAs burr around the moon bodes wind and rain(白墨とチーズの如し)である。いや、比べてしまうのが失礼なくらいの面白さだった。

麒麟がくる」で私が不満だったのは、狂言回しが多すぎたことだ。伊呂波太夫だけで良かったのではないか。

東庵の堺正章さんは、ちょっとセリフを作りすぎに思えた。高視聴率ドラマ「半沢直樹」を意識していたんだろうか。菊丸は、岡村隆史さんの風俗発言やら結婚の話題やらで素直に見ることができなかった。たぶん関係ないと思うのだが、風俗発言で炎上後は出番がなくなり、結婚の話題のあとにまるで許されたかのように出番が増えた点で、どうにも物語に集中できなくなったのだ。まあ、それは個人的なことだし、彼の演技は初回と比べればマシにはなっていたが。

駒に至っては、最初は可愛らしさに注目していたのだが、あまりにでしゃばり過ぎである。お前は、正露丸だけ作っとればいいんじゃー、と後半になるといつも思っていた。彼女が作った丸薬が、後にラッパのマークになるという展開なのだろうが、だったら大河ドラマ「ラッパのマーク」に出てこんかいと思うのである。出るドラマを間違えているのだ。

役者の皆さんは、ほぼ良かった。まあ、私などは顔が認識できない人間だし、黒田官兵衛濱田岳さんだったというのを今知って驚いているくらいで、演技がどうのという資格はないのだが、ほぼ良かった。

明智光秀は知的で品があり、この人が天下を取っていればと思える人物だったし、豊臣秀吉のウザさ恐ろしさは見事だった。

特に織田信長の器が小さい上にいびつなのにそのまま大きくなりすぎた人物像は印象的だった。演じた染谷将太さんは「みんなエスパーだよ」では、女の子のパンツばかり見ていたのに、「討たれても仕方がないね」と必然性を感じさせるだけの狂気を感じさせたことには、いやあ、やっぱり役者ってすごいなあと思ったのである。「是非もなく」というセリフを言った時の表情は実に良かった。

次の大河ドラマは「晴天を衝け」である。

渋沢栄一という人のドラマらしいのだが、予告編で印象的だったのは、草彅剛さんの徳川慶喜である。思わず徳川慶喜本人が登場したのかと思った。「えーっ、徳川慶喜も生きてたのか!?」と思ったほどにイメージがぴったりだった。次の大河ドラマも楽しみである。