だれかが松葉杖で扉をたたく

結構、嘘つきである。

筒井康隆「ジャックポット」と志の低い本屋

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今朝、捏造と偏向を是とする朝日新聞という日刊紙を読んでおりまして、ああ、今日もけったくその悪い紙面であるなあと辟易しておりましたら、ふと、そんな中に、林泉の涼風のごとき、涼やかなる一隅を見つけたのであります。

おお、これは。

思わず目をやりますと、それは筒井康隆先生の新刊の広告ではないですか。さすがは天才筒井康隆。たとえ朝日新聞という汚濁に満ちた紙面にあっても、その存在は燦然と輝いているのであります。本のタイトルは「ジャックポット」。惹句には、「今日も世界中が大当たり!」とありました。

いやいやいや、と思わず私は首を振ったのです。

大当たりって、韓国人がよく使うセリフではないか。朴槿恵前大統領の外交手腕に「大当たり」。美男の文在寅大統領に「大当たり」。何かというと大当たりと吹聴し、しかしながら実際には大外れというコントを毎度毎度繰り広げているのであります。

この惹句は気に入らんなあ、などと思いながらも、まあ、タイトルの「ジャックポット」に引っかけたというのは理解できるし、何より筒井康隆先生の新刊である。気にしないことにいたしました。

とにかく新刊が出たのだから、買いに出るのである。幸い天気もいいし、散歩がてら本屋に出かけたら、歩いて20分ほどの最寄りの駅にある書店に「ジャックポット」は置いてなかった。愕然、呆然、意気消沈。しまったぁ。この本屋は、文芸関係はベストセラーしか置かない志の低い本屋だったのだ。

仕方がないので20分かけて折り返し、逆方向の最寄りの駅にある書店に向かったのであります。そちらは自宅から徒歩10分ほどなのだが、広いだけが取り柄の、中身スカスカの本屋なのだ。文具が充実しているのでたまに出かけるのだが、もちろんここも志のない書店である。まるで期待できないのだ。行ってみると、やはり「ジャックポット」はなかった。

がっくりと肩を落とし、自販機でBOSSレインボーマウンテンを購入して喉を潤し、心を落ち着かせた。次の書店に行くべし。他に選択肢はない。

そこから北へ20分ほど歩くと、大きなショッピングモールがあり、比較的大きな本屋がある。すでに1時間ほど歩いているわけで、足がだるくなっているのだが、ここで諦めるわけにはいかない。私は、丸くなろうとする背筋をしっかりと伸ばし、ショッピングモールを目指したのであります。

もう、祈りましたね。「ジャックポット」を置いていてくれ、と。もし、なければ、あとは電車に乗って都心に出るしかない。さすがにジュンク堂紀伊国屋にはあるはずだ。だが、あの辺りは若者が多い。コロナに感染しているくせに無症状の脳天気な連中が、無自覚にウヨウヨと蠢いているはずなのだ。マスクもなしに近寄るんじゃない。わしを殺す気か。

しかし、あなた。祈ったかいがありました。

1時間半の探索を経て、ようやく私は筒井康隆先生の「ジャックポット」と出会えたのであります。万歳。もはや思い残すこともない。持病の高血圧で脳の血管がぶち切れて死んでも問題ない。我が人生に悔いなし。いや、まだ読んでないから今死ぬのは困るのだが。せめて明日にしていただきたい。

この本には、亡くなったご子息のことを描いた「川のほとり」も収録されている。享年51歳。まだ若かったのだ。お目にかかったことはなかったのだが、「聖痕」の連載中、その挿絵でご子息のことを知ったのだ。ああ、あの海辺での写真のあの子が、今では絵描きなのかと感銘を受けたことを覚えている。心よりご冥福をお祈りします。