だれかが松葉杖で扉をたたく

結構、嘘つきである。

「紀州のドン・ファン」は、正確に言うと「8割引きドン・ファン」ではないか?

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あのね、皆さん。

紀州ドン・ファン」とか「伝説のプレイボーイ」などと自称していた爺さんが殺された事件が話題になってますが、ちょっと待ったらんかいと思うのです。

「金持ちに対する嫉妬だ」とそしりを受けることを承知で書きますが、あんなの単に金を使って女に相手をしてもらっていただけの下品な男に過ぎません。趣味も悪いし器も小さい。もちろん金を稼ぐ能力はたいしたものなのでしょうが、まあ、それだけです。

そもそも作品中のドン・ファンは、貴族であり美男であった。その点だけでも、あの爺さんとはまるで違う。貴族の娘を誘惑し、その父親を殺したというから、大藪春彦の作品に出てくる登場人物とだぶる部分がある。金にあかして女を買い、それを自慢げに吹聴するような下品な人間とは違うのであります。多くの文学作品にドン・ファンは登場しているが、いずれも「美男」であり、だからこそ成立するドラマだったのです。軽々しく「ドン・ファン」を名乗るな、と言いたい。

まあ、今注目されているのは、その爺さんを殺したとして逮捕された元妻の方ですがね。そして、あの元妻にしても、私は納得がいかないのですよ。

何が納得いかないかと言うと、まず、週刊誌が書くような「美女」ではないという点です。何と言っても顔がおかしい。鼻が大きすぎるし長すぎる。そのせいで鼻の下が短くバランスの悪い顔となっている。目も小さい。髪の毛でごまかしているが、あれは、週刊誌に書かれているような「美女」では断じてないわけです。「美女風」ではあるが、美女ではない。

そもそも、「死んだら私にお金が入るの」と初対面の人間に訊いたという点もおかしい。普通の人はそんなことは訊きません。たとえ、心の中では思っていても決して口には出さない。つまり、頭が悪いんです。育ちが悪いのかも知れない。爺さんと同様、下品な人間なんでしょう。思わず訊いちゃったんですよ、下品だから。

そんな下品な連中が殺されたり殺したりしても、私はどうだっていいんです。下品同士で勝手にやってればいいんです。

私が言いたいのは、4,000人の美女を抱いたなどと書かれていることに対し、少なくとも最後の一人は美女じゃなかったということです。顔も変だし、頭も悪いし、性格も悪い。たとえ4,000人の美女を抱いたって、最後の一人がこんなのじゃ、いい笑いものですよ。殺されて、恥をさらしただけの人生です。

そう言えば、ドン・ファンの大元となった作品「セビーリャの色事師と石の招客」では、回りの人たちの忠告にも関わらず主人公は放蕩を続け、その結果、戯れに宴会に招いた石像の幽霊に地獄に引き込まれることとなる。石像の幽霊は、元妻といったところでしょうか。その点は、原作に忠実であるわけで、まあ、「8割り引きドン・ファン」くらいなら名乗ってもいいのかもしれません。

金を稼ぐ能力がこれほど高くなければ、こんな哀れで寂しい最後を迎えることはなかったんでしょうな。過ぎたるは及ばざるがごとし。薬も過ぎれば毒となる。英語で言うと、Too much can be as bad as too little(多過ぎは少な過ぎと同じくらい悪い)である。

そう考えつつ、私は「せめてエロ本くらいは心置きなく買えるくらいには稼がなきゃな」と自分に言い聞かせたのであります。