普段は、Windows機を使っている。
第四世代のCore i5であり、メモリは8㎇、500㎇のSSDで使っている。随分と古い機種だが、ほぼ文書作成でしか使わないので問題はない。PCゲームはやらないし、エロ動画程度なら実用に耐えうるのだ。
ただ4Kや8Kの高画質エロ動画は無理かもしれないので、いずれそういう動画が増えてくれば、即、買い換えるのである。私は貧乏人ではあるが、下半身に糸目はつけないのだ。
広告関係の仕事をやっているから、Macも一応持っている。ユーザーインターフェースはMacのほうが洗練されているが、私は顔が不細工なのでWindowsの方が使っていて落ち着くのである。スタバには入ったことがないし、コーヒーを飲むのならコメダ珈琲なのだ。
ただ、最近、カラフルな新型iMacを見て、ちょっと食指が動いた。うーん、154,800円かぁ。8,500円ならすぐ買うんだけどなあ、などと思いつつ、自分の部屋にこのiMacがあればどんなに素敵なことかと夢想した。
パソコンに夢を感じたのは本当に久しぶりで、いや、数十年ぶりと言っても過言ではない。私は、初めてパソコンを買った頃のことを思い出したのである。
あの頃の私は、すでに自分の未来に見切りをつけ、いかに仕事をサボるかに四苦八苦するサラリーマンだった。ある日、仕事帰りにスープカレー(豚の角煮)をうめえうめえと食し、地下街をブラブラしていると、とある電気店の店頭に、テレビみたいなものが置いてあるのを見つけた。ワープロか? いや、ちがうな。
画面には、緑の中に道が描かれ、そこを白と黒の人のカタチをしたものがヘコヘコ動いているのが映っている。漫画ではないようだし、絵のレベルは極めて低い。なんじゃい、この下手くそな絵は。機動戦士ガンダムを見習え、などと憤慨していると、いきなり画面が変わった。白と黒の人型がふれあった瞬間、画面が切り替わったのである。
剣や弓矢を持った戦士たちが現れ、画面の中で闘いはじめた。画面の中で戦士たちは倒れていき、片方が勝ち残った。どうやらゲームだったらしい。そして、ピンポンゲームやインベーダーゲームとは、まるで次元が違うことは一目でわかった。
いったいこれは何なのだ。インベーダーゲームは、単にカニみたいなのが並んでいただけだが、これは兵士たちがまるで自由意志を持っているようではないか。ワープロが出た時も驚いたが、これは、それどころではないぞ。人類が、ここまで進化していたとは!
私は、驚いて店員に声をかけた。
「PC9801というパソコンですね。今、流れているデモは、『アート・オブ・ウォー』というシミュレーションゲームです。僕もやってみたんですが、結構、むずかしいですよ」
「一式くれ」
私は、PC9801というパソコンとその店にあった「アート・オブ・ウォー」「ローグ」「現代大戦略」「信長の野望全国版」「エリュシオン」「ウィザードリー」というゲームを一緒に購入した。衝動買い、かつ大人買いである。今なら考えられないことだが、その時はボーナスが出たばかりで、少しばかり気が大きくなっていたのだ。
「すまないが、車まで運ぶのを手伝ってくれ」
珍しくワクワクしながら、私はパソコンの大きな箱を店員と一緒に車まで運んだ。「88じゃなくて、いきなり16ビットの98とは、すごいですね」と訳のわからないことを言う店員に礼を言ってから、私は車を自宅まで走らせた。
私の頭は、16ビットのパソコンとやらが実現してくれるであろう、ものすごく知的で刺激的な体験に対する期待でいっぱいだった。おそらくこの機械によって、生活も仕事も一変するはずだ。店員が言うには、ワープロやデータベースにも使えるというではないか。さらには助平なゲームだってあるらしい。「天使たちの午後」とか言ってたな。在庫がなくて残念だ。さっそく明日電気街に探しに行こう。
バックミラーに映るパソコンの箱を見て、私は「ふふふふふ」と笑い、笑った自分に少し驚いた。パソコンという可能性が、ここしばらく笑うことを忘れた私に笑みをもたらしたのだ。
1986年、私がパソコンというものにはじめて出会った日のことである。