だれかが松葉杖で扉をたたく

結構、嘘つきである。

ジクソウは、命の大切さを教えてくれたか?

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なになに、命が大切だって!?

何を馬鹿なことを言っているのか。命など大切なわけがないではないか。命が本当に大切なら、爺さん連中が毎日毎日アクセルとブレーキを踏み間違えて人を轢き殺すわけがないのだ。

あの人たちは、自分たちの利便性のほうが他人の命よりも大切だから「わしはまだまだ運転はしっかりしとるんじゃ」と言い張り免許を返納しないのである。「足が悪いから、車がないと生きていけんのじゃ」と車を手放さないのである。命を大切だと考えているのなら、自分が人をひき殺す可能性がある以上は免許を返納するはずなのだ。

従って、学校の先生も「命は大切ではない」という前提で、生徒たちに話をしなければならない。でないと、現実との乖離が生まれ、安全に生きることができないのだ。少なくとも「命を大切だと考えない連中がこの世にはいっぱいいる」ということを教えるべきである。命は大切だから、周りの人は自分の命を守ってくれるだろうなどと考えていたら、あっという間にあの世行きである。

ご存知か? ジグソウというおっさんがいる。映画「ソウ」に出てくる命の大切さの代弁者だ。

ジグソウは言う。おれは不治の病だから、命の大切さがわかっている。だが、お前らは命の大切さを知らない。時間を無駄に使い、つまりは命を無駄に使っている。お前らにも命の大切さを教えてやろう。これから、お前らをものすごく痛い、ものすごく命が危ない状況に放り込んでやる。お前らは、命の大切さを身をもって知ることができるだろう。その体験で人生を変えるのだ。

ものすごく大きなお世話である。

ターゲットになった男女は、ある者は脱出のために自分の足首を切断し、ある者は脱出のための鍵を得ようと、硫酸の中に手を突っ込む。そして、彼らのほとんどは死んでいく。

だが、私は思うのである。例え生き残ったとしても、命を大切にするのだろうか。私もバイクの事故で死にかけ、病床で「もうバイクには乗るまい」と誓ったのだが、全快するとすぐに新しいバイクを購入したのだ。それが人間のサガである。佐賀県の人は、大いに反省していただきたい。

そういえば、中学3年生の男子が同級生を包丁で刺し殺すという事件があった。どうせまた校長や教育委員会は、「命の大切さを教えたい」などと言うんだろう。いったい何度繰り返せばいいのか。いったいどうやれば命の大切さを教えてやれるというのか。

いいですか、皆さん。命などは、大切ではないのだ。世界を見れば、それは明らかではないか。アフリカでは毎日多くの子供が餓死している。国際社会が本気を出せば、おそらく一気に改善するはずだ。だが、本気など出さないのである。ユニセフがうさんくさいCMを流すだけなのだ。あれは、ただの免罪符だ。先進国の連中が「わしらはちゃんとやってまっせ」と自分を納得させたいだけのシステムなのだ。

私は、光市母子殺人事件の被害者の夫が言った言葉を今でもよく思い出す。

「他人の死は悲しくない」

それが事実である。つまりは、他人の命は大切ではないのだ。だから、先進国の日本にあっても「薬が買えなくてがんの治療をあきらめた」などというケースが起こっているのである。本当に命が大切なら、こんな状況にはならないはずだ。本気で命の大切さを国家が考えるのなら、誰もが治療を受けられる世の中になっているはずだ。

だが、ならないのである。残念だが、それが現実なのだ。