だれかが松葉杖で扉をたたく

結構、嘘つきである。

私に年賀状を出すな。出せば、そなたに最悪の不幸が訪れるであろう。

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さて、年が明けた。

私は、若い頃は全く正月には縁がない男だった。1年365日、ずーっと仕事をしていたのだ。しかも、徹夜続きである。そういう苦労があってこそ今の私があるわけで、すっかりとハゲ頭なのだ。チクショウ!

さて、元旦である。

私は、正月がやってきても何の感慨も持たない男なのだが、もちろん「あけましておめでとうございます」などと挨拶もしない。そもそも挨拶が苦手で、「おはよう」とか「いただきます」とか「さようなら」すら言えないのだ。とてもじゃないが「あけましておめでとう」といった高度な挨拶が使えるわけがない。はっきり言ってコミュ障である。

そんな私も、いまだに年賀状は出していて、毎年年末になると「そろそろ年賀状はやめたいのだが」と考えつつ、いやいやながら作っていた。「よし、本当に年賀状はやめるのだ」と作るのをやめても、正月に年賀状が来るや「いかん、やっぱり出そう」とあわててジャストシステムの「花子」というグラフィックソフトを立ち上げていた。

今年は、KDDIなどの大企業でも「我が社は年賀状をやめます」と公言していて、たしかに膨大な数の年賀状のために人と費用をかけるなど馬鹿馬鹿しい限りだ。企業が声を上げたことで、来年からはさらに年賀状廃止に向けて社会が動くのではないかと期待している。

で、なんか、今年はずいぶんと早くから年賀状を配っているみたいで、時計を見るとまだ7時40分なのである。郵便配達のスクーターらしき音が聞こえ、確認してみるとやはり年賀状だった。年賀状廃止の風潮を何とかしようと、「わしら頑張ってまっせ」とアピールしているのだろうか。

ざっと見てみると、世間的には評判の悪い家族写真の年賀状も何人かいて、ただし私はこういうのは平気である。チラッと見て奥さんや娘の顔を確認し「48点」とか「3点」とかつぶやくなどルッキズム丸出しで楽しんでいる。フェミニスト上野千鶴子さんが聞けば、どこからか湯気を出して怒り出すのではないか。申し訳ない。

で、年賀状を出していない相手からの年賀状を一枚見つけ、「あー、こいつ、去年来てなかったから出さなかったのに、どうして今年は出してくるんじゃー」と相手をなじり、だがよく考えてみると、一昨年来ていたから私は去年出したわけで、それを見て相手は「あっ、この人、出してなかったわ。どうでもええ人やけど、今年は出しとこか」と思ったに違いなく、これぞ負の連鎖。すれ違いの不幸の手紙。一つずれたジッパーのごとき状況である。

仕方がない。

私はグラフィックソフトの「花子」を立ち上げ、2022年度の年賀状のデータを呼び出し、一枚だけ印刷したのである。メッセージなしでは無愛想だと思われそうなので、「今年もよろしくガオーッ」と書いておいた。これが文章で長年食ってきた男のメッセージかと思うと、ちょっと情けない。