だれかが松葉杖で扉をたたく

結構、嘘つきである。

「え~っ、その子を死なせるのか」と驚いた昭和版「日本沈没」と令和版「日本沈没」の不満点。

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今、昭和のテレビドラマ「日本沈没」を見ていて、なかなか面白いのである。

令和版「日本沈没」は、最初の頃は面白かったのだが、後半失速した。おそらく官僚vsゴジラという視点が新機軸であった「シン・ゴジラ」のように、官僚vs大地震というコンセプトだったのだろうが、どうも中途半端だったように思う。特に対策チームの仲良しごっこ的な展開は、見ていて恥ずかしかった。もっと体制側の怜悧なかっこよさを見せてもらいたかったのである。「シン・ゴジラ」には、それがあったし、昭和版の国枝(山本圭)のかっこよさは図抜けていた。

そして、令和版「日本沈没」の最大の不満点は、きちんと日本が沈没しない点だ。

あなたね。沈没するから「日本沈没」なのである。あれでは「日本沈没!?」もしくは「日本半分沈没」ではないか。日本がなくなって、その後、日本人がどう生きていくかという一番重要なテーマが希薄になってしまったのだ。あれでは「日本の領土が狭くなりよった」と韓国人を喜ばせるだけである。津波朝鮮半島も沈みやがれ。

もう一つの不満点は、無理矢理感染症を出して危機感を高めようとしていた点で、あれは完全に雑味となってしまった。「コロナと結びつけたらリアルで面白いんとちゃう」と思いついたのだろうが、そういうのはリアルとは言わない。見ている側としては、現実を思い出してしらけるだけである。焦点を日本沈没から外してどうすると言いたい。

昭和版「日本沈没」は、人間ドラマ部分は、非常にクサい。まさに昭和である。だが、日本をなんとかしたいという熱気は感じられるのだ。令和版には、残念ながらそれを感じることはできなかった。

また、昭和版「日本沈没」には、「どうせ、このあと助かるんやろ」というシーンで、あっさりと死んでしまうケースが多かった。予定調和など知ったことではないのである。これは現代のテレビドラマに見習ってほしい点だ。もっと殺せと言いたい。

一番驚いたのは、小学生の男の子が自分が描いた母親の絵を取りに帰って、校舎に押しつぶされてそのまま海中に没したシーンだ。母親が出稼ぎに行っていて、母親からもらった帽子を大切にしている少年である。それがあっけなく死んでしまうのだ。自分が描いた絵をどうしても母親に見せたかったのだろう。なんと非情な脚本であるか。

また、函館にバイトに来ていた4人の高校生と彼らのマドンナであった美少女が、氷が割れて厳寒の水中に飲み込まれて死んでしまったり、今のドラマなら助かるであろう人物を惜しげもなく殺すのである。実に見事だ。

当時はCGなどなくすべて特撮なのだが、よくもまあ、こんなミニチュアを作ったものだと感心する。今よりも予算が豊富だったのか、何日も徹夜でミニチュアを作り続けて、「ご苦労さん。これお駄賃ね」と30円を渡されるようなブラックな環境だったのか。当時の舞台裏を描いたドラマを作っても面白いのではないか。とにかく京都や北海道の町が沈んでいく特撮は、今見てもなかなか見応えがあるのだ。令和版「日本沈没」のショボいCGよりは100倍価値がある。

全26話。Amazon Prime Videoで配信中である。令和版「日本沈没」が35点とすれば、昭和版は69点といったところか。令和版にガッカリした人は、一度、見てはいかがか。