だれかが松葉杖で扉をたたく

結構、嘘つきである。

園監督とアクション俳優の坂口氏。謝罪の仕方を間違えてしまう。

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不祥事を起こして謝罪する場合、どうしても言い訳が入りがちになる。人間というものは、やはりそれほど潔くはなれないのだ。私などもよく「途中で腹が痛くなりまして」などと言い訳をするのだが、正直に「途中でウンコを漏らしまして」と言うべきなのだ。反省している。

さて、園子温という映画監督が「わしの映画に出たかったら、抱かせんかい」などとやっていたらしく、いやあ、実に不細工。映画監督のくせに美意識のかけらもない。おそらく性欲が人一番強い人なんだろう。性欲はコントロールしにくい欲であり、その意味では気の毒でもある。

顔を見るとさほど男前ではなく、女性が寄ってくるような人生ではなかったと思うのだが、たまたま監督になって回りには美女がいるという環境となり、「辛抱たまらん、よっしゃ、枕営業させたろ」という流れだったのではないか。

監督は、「ご迷惑とお騒がせをしてしまいました」と謝罪したようだが、その一方で「事実と異なる点が多い」とし、法的措置を取る考えも明らかにしたのだという。

いやあ、いけませんね、いけません。

異議を唱えてもいいのは、この場合、「まったく事実ではない」場合のみである。もし、監督という立場を利用して枕営業を迫ったという事実があるのなら、やるべきは、相手の女優と関係者、映画ファンに対する謝罪のみだ。被害者がいる以上、謝るしかないのである。

「事実と異なる点が多い」というのは週刊誌への抗議だと思うのだが、それと被害者に対する謝罪は別なのである。謝罪と抗議を同じ場所でやってはいけない。反省していないという印象につながってしまうのだ。

園監督に女優を引き合わせたという坂口というアクション俳優も同様のミスを犯している。

「今回、皆さんに謝罪したいことがあり、動画を回しています。4月4日に某監督が女性に対し卑猥な行為をした、その飲み会の席にTという人物がいたと書かれていました。その人物は私、坂口拓です。10年前のこととはいえ不快な思いをさせた方がいたとしたら、この場を借りて謝罪します。大変、申し訳ありませんでした」

これでは、「10年前のことやねんから大目に見てくれや」ということなのかと捉えられても仕方がない。10年前だから、被害者の心の傷も癒えているとでも言うのだろうか。完全に余計な一言である。

さらには、こんなことも言っている。

「当時の私は苦しい状態にありましたが、周りに少しでも何かを与えられる人間になればという思いで、頑張っている人に対してそういう場(飲み会)を設けて、映画作りに少しでも手助けできればという思いでやっていました。それがきっかけで嫌な思いをさせた人がいれば、それは私の責任です。大変、申し訳ありませんでした。このことを真摯に受け止めて十分にやっていきたい」

実際には、飲み会から帰ろうとする女優を彼の後輩が強引に引き留め、そのことを後日謝罪したいと食事に誘い、その際に園監督のマンションに連れて行ったらしいのだが、それを聞けばかなり計画的だと思われても仕方がない。坂口という役者もその後輩も、最初から園監督の指示(もしくは暗黙の了解)によって動いていたという印象が強いのである。

坂口という役者は、最後にこう語っている。

「今回の記事によって心配のコメント、メッセージを多数、いただいております。ネット上で、さまざまな情報が飛び交っております。不安や不信感を与えてしまったことは大変、申し訳ありませんでした。今回の件を受けて、反省すべきことは反省して、今後の俳優活動に本当に、もう1度、襟を正し、全身全霊をかけてアクション俳優・坂口拓は走り続けます」

最後の締めの文章は、出来の悪いコピーライターが思い入れを込めて書いたイメージコピーみたいだ。「走り続けてどないすんねん」と思わず突っ込んだのである。謝罪文としてはかなりおかしいのだが、まあ、文章のプロじゃないだろうから見逃そう。

見逃せないのは、彼も監督と同様「さまざまな情報」と間違いがあることを匂わせ、「反省すべきことは反省して」などと全面的な反省ではないことを主張している点である。いやあ、馬鹿だねえ。こちらは、まあまあイケメンなのだが、やはり美意識のかけらもないようだ。特に俳優を辞めたくないという心が透けて見えて、本当に情けない限りである。

彼の代わりに私が謝罪文を書いてみよう。

「悪いことだとはわかっていました。しかし、園監督の歓心を買おうと、つい、美人局のような情けないマネをしてしまいました。私も仕事がなくて困っていたのです。本当に女優さんには申し訳ないことをしました。このような醜態をさらした以上、他人様の前に出るような仕事は、今後は一切辞め、泥水をすすりながらでも反省とともに生きていく覚悟です」

別に、本当に泥水をすすらなくてもいいのである。しばらく世間の反応を見て、「そろそろええかな」とコソッと復帰してもいいのである。だが、謝罪するのなら、このくらいは言わなきゃダメなのだ。特に、自分の立場を利用して女性をモノにしようとするようなゲスな行為に対しては、例え手伝っただけにしても、人間としてはもう終わっているような状況なのだ。

これからしばらくは、彼は地獄のような日々を走り続けるのだろう。監督のおこぼれをちょうだいしていたなどと言う醜聞が出ないことを、心より祈っているのである。