だれかが松葉杖で扉をたたく

結構、嘘つきである。

私がほしいと思った腕時計3点と、結局買ってしまった腕時計みたいなモノ。

新しい時計を買おうと思っていた。

時計はすでにいくつか持っている。かつて稼いでいた時代に買ったオメガのスピードマスターとシーマスターである。だが、もはや年齢に合わない。私は、数秒後に脳梗塞で死ぬかもしれない超高血圧な年寄りなのだ。スピードマスターは初めて月に行った腕時計なのだが、もはや私には月まで行く元気はない。さらには泳げないのでシーマスターを付ける資格もない。そもそも海の臭いが苦手である。

「ほお、シーマスターですか。趣味はヨットで?」などと訊かれたら、どう答えればいいのだ。

あと所持しているのはランニングウォッチなどのデジタル系で、これもジジイには似合わない。正直、普段から安物のデジタルウォッチをしているようなジジイは、私にとって「歳をとって美意識まで捨ててしまったか」と唾棄すべき存在なのだ。

で、ネットで検索していて「いいな」と思える時計がいくつかあったのでご紹介しよう。基本的に機械式で、金額も死ぬ気になればなんとか買える範囲にした。

 

一つ目は、セイコーのダイビングウォッチである。ダイビングはしないのだが、ダイビングウォッチには憧れがある。正直、これもジジイが持つにはスポーティすぎるのだが、ぱっと見て気に入った。リングの周りに独特のプロテクターがはまっていて、そのため「ツナ缶」と呼ばれているらしい。オシャレな通称ではなく、ちょっと野暮ったいところがいい。薄茶色のアクセントカラーが効いている。メカニカルの自動巻き。ソーラーも電波も関係ないのだ。やはり、時計はこうでなくてはならない。正式名称はSBDY073プロスペックスメンズダイブウォッチ。興味のある人は、Googleして調べてみたまえ。価格は、今の時点で51,900円である。

 

二つ目は、ハミルトンのカーキ・フィールドオートメンズ。私はスマホや時間の記載時には24時間表記で統一しているのだが、この時計にはきちんと24時間表示が付いている。外周の細かな目盛りもメカニカルな雰囲気でよろしい。軍用のイメージがあり、この手の時計は昔から好きだった。ニイタカヤマノボレ天皇陛下万歳! 昭和天皇ヒトラームッソリーニと並べてファシストだと写真入りでTweetしたウクライナ政府は絶対に許さんのだ。国民の命を守るために早く降伏してロシアに併合されなさい。もはや私の知ったことではないのであるのであるっ。撃ちてしやまん。来るなら来い来い赤とんぼ。……失礼。ちょっと我を忘れてしまった。ちなみに価格は55,400円である。写真では、革ベルトの白い糸がチープな感じで、その点だけ気になる。

 

三つ目は、ティソのPRXという製品である。これがなぜか世界中で人気なのだそうだ。ぱっと見全然興味を引かれなかったのだが、ラグと言うんだったか、ベルトとつながる部分が特徴的なデザインである。丸味なしでカクッとなっている。私としてはあまり好きなデザインではないのだが、何度も見ているうちに質実剛健な好ましさが高まり、「わしはデザインなど気にせんのじゃ。男やったら品質でこんかい」と時計が訴えていてるような気がして悪くはないなと思えるようになった。世界中で人気の割には56,100円と値段も馬鹿高くはない。ただし、このモデルはひとつ古いモノで、新しいのは品不足なんだそうだ。そちらは文字盤がワッフルのように立体的になっている。まあ、平坦な方がいいかもしれないな。と思っていたら、どうやら平坦なのはクオーツで、ワッフルは機械式で8万円らしい。なんじゃい、迷って損こいた。

 

で、色々迷っているうちにAmazonでセールが開始され、思わず新しい時計を買ってしまったのである。いや、時計とは言い切れないな。時計みたいなモノ。進化した万歩計。あるいは、健康オタクのガジェット。「寝るのが遅すぎる」「睡眠の質が悪い」「もっと歩け」とうるさいのである。XiaomiのMiスポーツバンド5である。今人気があるのはバンド6であり、モデル落ちだ。そのせいか2,900円だった。とりあえず時間やら天気やら歩数やらはわかるのだが、どうにもこうにも本来時計があるべき「所持する喜び」はない。ただ、これを付けてセックスをすればどうなるのか。PAIはどれだけ加算されるのか。一回ごとにカロリー計算がされるのか。興味深くはある。

バンド5の小さな画面には、時刻とともに私の今の脈拍が現れている。コンディションはグリーン。なんとなく機械化種族ボーグに同化してしまったような気分である。「抵抗は無意味だ」と私は、自分の腕を見ながらつぶやいた。