だれかが松葉杖で扉をたたく

結構、嘘つきである。

テロリストになれなかった男のつぶやき

最初は、辻元清美さんの「生卵をベランダに投げつけられた事件」の話を書いていたのである。あの人のおもしろい点は、自らSNSに投稿しておきながら「自作自演だ」との声を受けて、こんなTweetをしたことだ。

「(自作自演だとの声に)ものすごいショックうけましたよ。がく然としたって感じです。『自作自演』と言われたのが社会の闇を見たような。そっちが問題」

アホかと思いました。今の時代、そんなTweetを発信すれば「自作自演だ」という声も出てくることなどわかりきっている。そういう人間が一定数いることもわかりきっていることであり、それをことさらに「すごいショックを受けた、社会の闇だ」などと言い立てるのは、マッチポンプとしか言い様がなく、滑稽である。

警察に通報し、その後、結果をSNSで「実はこんなことがあった」と報告すればいいだけなのに、選挙前と言うこともあり、つい、SNSにあげてしまったのだろう。この人らしいと言えばそれまでだが、私には愚かな行為に思える。

で、そんなことを書いていたら、安部元総理の悲報である。辻元清美さんの悲報など吹っ飛んでしまった。もはや私の中には跡形もなく、当ブログのような無意味なブログにさえ、書く価値はないのだ。まあ、ちょっと書いてしまったが。

さて、安部元総理の暗殺についてである。

私は、若い頃はテロリスト志望だったのだが、いつまでたっても今で言う金正恩プーチン、さらにはプー近平などの対象たりえる独裁者は現れず、テロリストとなることを断念したのである。私が師と仰ぐロープシンにわび続ける毎日である。

日本がもっとひどい国になりますようにと願っていたのだが、それもかなわず、今や死を待つだけの老人になってしまった。地獄の民主党政権が続いていれば、とも思うのだが、あれは単なる能力不足だからね。無能だからとテロの対象に選ぶのはかわいそうである。

あの犯人については、わざわざ手製の銃を作ったり犯行を匂わせる手紙を出していたり、劇場型というか、割とナルシストなんでしょうな。他の人に被害が及ぶので爆弾は使わなかった、などと言っているそうで、だったら精度の低い手製の銃も使うべきではない。銃弾の拡散からすれば、他の人に被害が出ても不思議ではなかったのだ。自分の中では悲劇の主人公になっていたのだろう。まあ、その生い立ちは確かに悲劇の主人公ではあるが。

そもそも旧統一教会を狙うのが目的ならば、他にもっと簡単な方法がある。まだ記憶に新しいのでここでは書かないが、銃や爆弾を手作りしなくても、手間や費用がかからないテロの方法はいくらでもあるのだ。いつの間にか目的よりも手段が重要になってしまったのだろう。彼はヒロイズムに浸っていたのかもしれないが、大藪春彦の小説の主人公にはほど遠いのである。

テロを行う際に重要なのは、まず計画である。その計画を立てるためには、なによりも綿密な調査が必要だ。彼の場合は、その計画において行き当たりばったりなのである。手製の銃はしっかり調べて作り試射も繰り返していたくせに、「旧統一教会は警戒が厳重」などと簡単に諦めてしまっている。テロリストとしては三流である。

ああ、とてつもなく残念だ。自分の命をかけた行動で、間違った標的を選ぶ。これが本来の目的である旧統一教会への襲撃であれば、まだ、一理はあったものを。間違った情報で、日本の政治家としてはもっとも重要な人の命を奪ってしまった。どうせ政治家を狙うのなら、例えば(以下、286文字削除)

敵は旧統一教会。韓国・京畿道加平郡にあり。

私が彼の立場だったら、狙うのはその一点だけだ。まあ、私の両親は大の宗教嫌いだったから、彼の立場にはならなかっただろうが。そう考えると、幸いなことである。