だれかが松葉杖で扉をたたく

結構、嘘つきである。

私の見栄は、少し満たされた。HUAWEI スマートバンド6がXiaomi Mi スマートバンド5に勝る点、劣る点。

告白するが、私は見栄っ張りである。父からの遺伝だ。

実家には、いまだに日本文学全集や世界文学全集、その他、見栄えのする全集が並べられていて、買ったのは父なのだがおそらく一冊も読んでいなかっただろう。まあ、私が読んだから無駄にはなっていないと思うのだが、書棚としてあまり美しくはない。むしろ、醜い。他人に対する「どや、わしの本棚、見事やろ。頭良さそうやろ」という自己顕示欲が透けて見えるのである。

正直、私もそんな自己顕示欲のDNAは引き継いでいて、さすがに全集はないのだが……ああ、待てよ。「筒井康隆全集」と「つげ義春全集」は持ってたな。まあ、あれは人に見られても尊敬はされないから別枠だな。むしろ変人と思われる。

とは言え、例えば私が腕にはめていた高級機械式腕時計などは自己顕示欲の表れであって、今思えば恥ずかしい限りである。弁解させてもらうと、あのレトロなデザインが好きだったから使っていたのだが、正直に言うとそれよりも見せびらかしたいという気持ちのほうが強かったと思う。

幸いなことに年を取るとそんな意識が薄れてきて、いつの間にか腕時計はしなくなった。主なファッションもラルフローレンからユニクロに、リーガルからGUへと移り、アイスだってハーゲンダッツから明治のスーパーカップになったのである。まあ、意識の変化と言うよりも、貧乏になったことが要因なのだが、私にも多少の意地はあるので意識の変化が主要因だとしておきたい。

さて、長々と書いてしまったが、本題である。

腕時計をしなくなったのだが、やはりいちいちスマホを取り出すのは面倒だった。そんな時に「スマートウォッチはどうだろう」とふと思いつき、ちょうどAmazonのタイムセールでXiaomi Mi スマートバンド5が3,000円ほどで売っていて思わず買ってしまった。正直、スマートウォッチなど馬鹿にしていたのだが、まあ、安いからいいだろうと思ったのだ。

その日以来、ずーっと付けっぱなしである。こんなに安くて小さいのに、よくもまあ、これだけの機能を搭載できたものである。中国恐るべし。だが決して私は習近平に屈したのではないぞ、などと思いながら使い続けている。

時計だけなら付けることに疑問があったのだが、これなら万歩計やら目覚ましやらタイマーやらSMSのチェックやら多彩に活用できるのだ。特筆すべきは目覚まし機能で、振動だけでこんなにパッと目が覚めるとは思わなかった。

さて、ついこの間のこと、AmazonのタイムセールでHUAWEI スマートバンド6が6,000円台で買えることに気がついた。 Mi スマートバンド5に不満があるわけではないのだが、思わず購入してしまったのだ。

買って良かったと思う点は、やはり画面が大きいことである。文字が読みやすい。さらには、Xiaomi Mi スマートバンド5のオモチャ的な印象と違って、やや高級感がある。もちろん機械式の腕時計と比べるとオモチャなのだが、それでもかなりマシな印象だ。

機能的には血中酸素も計れるし、アプリでは体重や血圧も記録できる。健康管理には、なかなか役立つのである。

欠陥もある。

これは、スマホの機種にもよるようなのだが、ワークアウトの「屋外サイクリング」が選べないのだ。私の場合、屋外サイクリングは重要で、これが使えないのは致命的欠陥と言っても過言ではない。とりあえずスマホのアプリから「サイクリング」を選んでタッチすれば記録が開始されるのだが、かなり面倒なのだ。全然スマートじゃない。

HUAWEI、なんとかせんかいっと強く希望するのである。屋外サイクリングを多用する方は、要注意だ。

まあ、せっかく買ったのだし、それ以外は概ね満足だから使い続けている。画面が広い分、ウォッチフェイスも魅力的なものが多く、また無料のウォッチフェイスでも、目覚ましやタイマーなどのショートカットが使えるものもあってなかなか便利である。

ところで、今、気になるスマートウォッチがひとつあって、それはApple Watch Ultraである。いやあ、実に格好がよろしい。そして値段は124,800円である。Apple Watchは、「毎日充電」などと聞いて馬鹿にしていたのだが、この格好良さならそれも耐えられる。さらには、値段的にも「いやあ、ちょっと高かったですけどね」などと自慢できるのである。

やはり父の見栄っ張りな性格は私に引き継がれ、いまだに私の中に存在しているらしい。やれやれ。