だれかが松葉杖で扉をたたく

結構、嘘つきである。

新興宗教の不思議。なぜ、あんな不細工な人物に帰依できるのか?

テレビを見ていると、政治家が旧統一教会の会合に参加していたことが盛んに取り上げられていて、これはまったく面白くない。

まあ、確かに会合に出たりしたのはまずいですよ。信徒が選挙に協力するのはいいと思うが、政治家が宗教団体のために活動するのは政教分離に反する。

たとえば私が政治家なら、選挙運動で思い切り信者たちをこき使ってやるんだがなあ。そして、「講演をお願いします」などと頼まれたら、「いやあ、人前でしゃべるのが苦手で」などとヘラヘラ笑いながら断ってやるんだがなあ。あんな連中は奴隷と同義だから、こき使う分には問題ないのである。

そもそもキリスト教や仏教など歴史と実績のある宗教があるにも関わらず新興宗教に入信する時点で、あの連中の頭と心が弱いことは明白だ。金がほしくてしかたがない連中が詐欺に引っかかるように、自分に自信がなくて不安でしかたがないから新興宗教に引っかかるのである。

おそらくは、リアルな顔が見えないキリストよりも例え不細工でも顔が見える新興宗教の方が信じやすいのだろう。抽象的な概念が理解できないタイプの人たちなのだ。顔についてはあまり言いたくないのだが、例えばオウム真理教の麻原などはただの薄汚いブオトコだったし、旧統一教会創始者文鮮明は、頭が悪そうな貧相な顔だしなにより完全なハゲである。現在よく見る韓鶴子総裁という婆さんは、はっきりいって大阪のオバチャン以下である。品がなさ過ぎなのだ。

これが福山雅治みたいな教祖ならわかりますよ。私だって広末涼子が教祖で「入って」などと迫られたら、すぐに入るのである。だが、韓鶴子みたいなオバハンが「入って」などと迫ってきたら、顔面をグーで殴るのである。お前みたいな不細工が……。

いや、顔とハゲの話はやめておこう。ブーメランが返ってくる。

私が旧統一教会で興味があるのは、なぜ名称変更が認められたかという点である。当時、すでに悪名高き団体であり、名称変更によって、新たな被害者が出ると予想されているにもかかわらず、なぜ、誰が、名称変更を認めたのか。これは、はっきりと白黒を付けるべきではないか。だが、なぜか、メディアはその点を追求しないのである。一瞬、その話題が出たのだが、今は、政治家と旧統一教会との癒着の話題のみになってしまっている。

そう言えばモリカケもそうだったなあ。アレは、土地に産廃が埋まっているにも関わらず、学園に売る前の取引で定価で売ってしまった。そのミスに気がついてきちんと取引相手には補償したのだが、ミスをそのままにしておくとまずいので改ざんさせた。それが官僚の自殺につながっていたらしいのだが、野党やメディアは「アベガー」と言い立て続けて、結局、自殺に追い込んだ主要因も主犯もうやむやである。なにがジャーナリズムだと腹立たしい。

統一教会の名称変更に関しては、1997年に文部科学省に相談したが認められず、認められたのは2015年である。

「行政が許認可する制度と違い、要件に合致していれば原則として自動的に申請を認めている」というのが認めた理由らしいのだが、いやいやいや、自動的に申請を認めてはいけないでしょう。法そのものがおかしいのか、その解釈がおかしいのか。そもそも論で言えば、それ以前に宗教法人として認め続けたのが誤りなのだ。

オウム真理教のように直接的には人は殺していないが、日本人に対して多大な損害を与え、不快感を与え、おまけに安部元総理の襲撃という最悪の結果を生んだ。さらには、韓鶴子総裁の不細工な顔を見るたびに、私は怒りに震え、「この下品な顔したクソババアが。朝から不快なんじゃっ。韓国人なんやから、さっさと整形せんかいっ」などと大声で叫ぶのである。

いや、顔の話はやめておこう。